グリム農園&田舎暮らし

定年退職後の日々の日記です。

2020年11月23日
から Mat Grimm
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ダイコン、カブ、カボチャの収穫

ダイコン、カブは11月14日から産直に出荷を開始した。今年はダイコンの外観が良く、スーパーで売られているものと比べて遜色ない出来である。割り肥埋め込み式の施肥が効いているのか、土の砕土を十分に行い、細かくしたことが効いたのか、太くて肌もなめらかである。たまに又根になるものもあるが、総じて形が良い。ストチュウの散布でアブラムシも付着していない。葉付きとして出荷できる。カブはダイコンに比べると肌が良くない。「あばた」のような凹凸ができている。やはり、砕土が不十分で心当たりがある。成育は順調で5㎝の間隔で筋播きしたが、それでもカブが成長して隣とくっつき、間引きしないと成長が阻害されている。間引いたカブは小カブ、中カブと混ぜて袋詰めして売っている。肌が荒れている分、土落としに手間がかかる。水で洗い流すのだが、ごしごしとこすらないと白いカブにはならない。真っ白いカブは良く売れる。月末まで出荷する予定である。

今年は11月になっても真夏日を記録する暖かい秋であるがそれでも最低気温が下がって5度C以下となってきた。秋カボチャの枝葉が勢いを失い、成長が止まっているようだ。収穫して、畝をリセットする。10株を8月に定植して、途中誤って1株抜いてしまい、9株となったが大小のカボチャ11個を収穫した。大きいものは2㎏を超えている。1株当たり1個とれればよいと考えていたのでほぼ目標達成である。交配も芽止めもなにも手を施していない。放任栽培である。種は春に植えた、ニュージーランド産カボチャの採取種の残りで、西洋カボチャである。カボチャの天ぷらが大好きなので、冬に向けてカボチャのスープなどいろいろ楽しめる。

2020年11月19日
から Mat Grimm
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小麦の種まき

今日は11月18日である。小麦の品種「ミナミノカオリ」の標準種まき日(九州福岡市)は11月20日頃である。高松市のやや中山間地に位置するこの辺りでは福岡市に比較すると少し気温が低いと考えられるので当初15日に種まきを予定していたが、近所の小麦栽培農家(讃岐の夢2000)の種まきが14日であったので、やや早いかと思い、後ろにずらすことにした。ミナミノカオリは早播きすると収量が落ちるらしい。幅1.5mの畝を6本作り、本日は1本(3条)のみの種まきをした。15㎝毎に5-10粒を点播きしながら、足で踏み、鎮圧した。予報では20日頃に雨が降るので、それまでに6本の畝全部に種を播きたい。条間30㎝で3条の溝をトラクタ耕耘時に付け、そこに種を点播きする。株間30㎝の田植え紐を使って、15㎝毎に手で播いた。

今日は11月19日、種播き二日目である。畝の長さ30m程度の種まきに1.5時間くらい要している。田植えを手植えしたが、その時に近い感覚である。四本半を終えたが、全部終えるにはもう一日かかる。三条のそれぞれに15㎝株間を空けて、各条の二カ所、計六ケ所に10粒前後を点播きし、それを足で踏み、次に土寄せをしてさらにもう一度、足で踏んで固める。そして前進して、また六ケ所に種を播いて、足で踏んで、土寄せして、踏んでを繰り返す。慣れれば、かなりスピードが上がるがそれでも遅々としている。機械で播けば早いが、機械播きでは種がどのくらいの密度でどのくらいの深さでどのくらいの鎮圧で種が土に密着しているかなどの感触がつかみにくい。手播きの良さはそれが感覚的に把握できる点である。

本日は11月20日である。昨夜に雨が降り(6.5㎜)、それまでには種まきを全部終えることはできなかった。今日は不安定な天候で時折、激しい風と雨が降り、気温も下がりつつある。残りの畝に種まきを2時間くらい行い、今日で計画していた小麦の種まきを終えた。圃場の広さは1.5m*6*30m=270m2程度である。

2020年11月17日
から Mat Grimm
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ソバの刈り取り

9月4日にソバの種まきをして、本日11月17日で74日目となる。種まきから70~75日で刈り取りの時期となる。70日目の13日ではソバの実がまだ7割程度の黒化であったが今日にはほぼ全部が黒化している。刈り取りをすることにした。朝露が残っている午前や曇天の時に刈り取りをするのがよいという。その理由は不明だが、ソバの実が落ちにくいということかと推定する。朝、7時半から準備を始めて10時半頃まで刈り取りをした。約半分の刈り取りが終わった。ソバの束を6つ集めて互いに立てかけて島をつくり、乾燥するというので島をつくろうとしたがひとりではうまく立たない。結局、持ち帰って洗濯物の物干し台を使って立てかけて乾すことにした。一週間程度日に当てて乾燥後、脱穀をする予定である。

2020年11月17日
から Mat Grimm
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玉ネギの定植

昨年は11月5日に購入した玉ねぎの苗を200本定植した。100本は早生、100本は晩成の苗で、玉ねぎ用のマルチを使って、密植した。マルチを使ったので雑草は一部に限定され、地温も高めになるので生育は順調で、4月には太った新玉ねぎが獲れるようになり、産直に葉をつけて出荷した。早生品種の玉ねぎはそのほとんどを産直に出荷したが、同時に自家用として食べていたが、外観ほど美味しいとは感じなかった。どこか大味であった。野菜作りの教科書となっている井原氏の本を読んでみると、マルチを使うと玉ねぎがふやけると書いている。そして、晩成品種は自家用に貯蔵のための玉ねぎであったが、やはり、早生と同様に大きな玉ねぎに成長して、しまりがない。一般に売られている玉ねぎのような硬さがない。これが「ふやける」ということかと合点した。今年はマルチを使わないで玉ねぎを定植する。そして、たくさんの玉ねぎを得るために、試しに種から育てることにした。井原氏の教科書によれば、種8ミリリットルから1m2の苗床で500本の苗が獲れるとある。試しなのでホームセンターで購入した4ミリリットルの安い中生種を購入して、1m2に5条の筋播きをして、結局、320本の苗が獲れた。もっと獲れるかと思ったが、ほぼ教科書の通りであり、改めて記述の正確さを認識した。用意した玉ねぎの畝は500本くらいは定植できるので、追加で玉ねぎ苗を購入した。育苗した苗は中晩成であったので、早生品種を50本、赤玉ネギを50本、赤玉ネギの晩成品種を50本を購入し、11月14日(370本)、15日(50本)、16日(50本)に定植した。マルチをしてないので、草取りをしっかりやらなければ売れるほどの大きさにはならないだろう。早く植えると「トウ立ち」する可能性がある。できれば11月20日過ぎに定植するのが無難であるが、予定が立て込んでおり、この日程になった。施肥は必要量の半量を元肥として漉き込んであるので、追肥が必要である。野菜作りは結局のところ愛情だろうと思う。常に様子を見て、中耕、雑草取り、施肥など適切に手を打つことが重要である。固くしまった玉ねぎの収穫を期待したい。

2020年11月13日
から Mat Grimm
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梅の苗木植え付け

子供の卒園祝いにもらった豊後梅を庭に植えていたのがいつの間にか成長して実をつけていた。しかし、その頃はそのありがたさに気がつかず、単にチャドクガの幼虫が居て近づくとその毒で皮膚が大変なことになるという注意すべき樹であった。しかし、海外に出ると梅干しがなぜが欲しくなり、食べるにつれて、梅干しが身近になった。最近では妻が季節になると梅の実を購入してきて、梅干しを作る。そして、梅の木を植えたいというので、今年は果樹の苗木が出回るようになり、見つけた梅の苗木を購入した。南高梅が梅干しで有名なのでこの品種を選んだ。受粉樹が必要で小粒南高を推奨されていて、これを購入した。場所は野菜畑の北の縁でリンゴの西隣に間隔を置いてこの2本を植えた。ネットで調べると苗ポットの2倍の深さの穴を掘り、最下に堆肥などの緩効性肥料、その上に腐葉土、その上に苗木を植えるとある。30㎝程度の深さの穴を掘り、緩効性肥料として、土ボカシに2種類の緩効性化成肥料を混ぜたものを最下層に入れ、その上に腐葉土の代わりにコンポストの土を入れ、その上に苗木を植えた。苗木はシュロのような繊維を含む土で覆われていて、保水も十分である。梅が獲れるには3-5年くらいかかるらしい。実の取れる時を楽しみに、順調に成長するように手を掛けたい。

2020年11月11日
から Mat Grimm
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塚と十河城の戦い

子どもの頃、その塚に踏み入れることは禁じられていた。その塚は戦いで命を落とした人が葬られているという。その塚は今でも田んぼの中に小さな森となって存在している。トラクタで田を耕すとき、塚が邪魔になってうまく耕せない。一体、いつ頃の戦いだろうかと考えていたが、最近、讃岐の歴史を読んでいて、近くの十河城で大きな戦いがあったことを知った。高知の長曾我部元親に勢いがあり、四国全体にその勢力を伸ばして、当時、讃岐の東地域を治めていた十河一族に大軍で攻め入り、十河城を取り囲んだ。天正10年(1582年)の秋で秀吉の時代である。城主存保は他城へ脱出し、十河城は精鋭千人で籠城し、攻め手は3万6千人の大軍で取り囲んだ。鉄砲・大砲による銃撃戦、夜間の切込み隊など激しい戦いがあったが、落城せず、長期戦となる。存保の要請で秀吉の援軍が出されたが讃岐の東にある入野山の戦い(天正11年)で援軍が破れ、存保は仕方なく元親と城兵を無事に出すことを条件に十河城を開城したという。私の田んぼはその十河城から約1kmの距離にある。あくまでも想像であるがこの時の戦いで死んだ兵士の塚ではないかと考えている。このような辺地に兵士の墓が作られるような戦いの機会はそれほど多くはないだろう。田の作業をしながら、その塚の歴史に思いを馳せるこの頃である。

2020年11月9日
から Mat Grimm
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キンギョソウ・アスターのポット移植

キンギョソウ、アスターを種まきしても、これまでうまく発芽しなかった。庭に適当に種をばら撒いても生育しなかった。ポットに種まきしても、ダメだった。今回は種まき用の土を購入して、さらに粒子が細かく保湿性のあるバーミキュライトを混ぜて、それを2種類の連結セルに入れ、種が小さいので紙を折って折り目に沿って種を1ケづつ移動させ、セルに落とす。小さい方のセルについてはキンギョソウ種袋の指示通り、水を薄く張った箱に浸けることで水分を与えた。やや大きい方のセルは上呂で水を与えるがネットを被せ、水の勢いを弱めた。置く場所も直射日光の当らない軒下で風通しのよい玄関アプローチに置いた。キンギョソウを10月17日、アスターを18日に種まきした。10日後の27日になっても発芽せず、やきもきしたが、2週間後の11月2日には発芽を確認した。この時期は気温がどんどん下がる時期で発芽適温である15度Cから20度Cの温度範囲にちょうど入る頃であった。やはり、高すぎても低すぎても発芽しないと考えられる。グリーンハウスでは夜に低くても昼に日が照るとすぐ温度が上昇して30度や40度には達してしまう。ハウスでポット種まきが成功しない理由は温度管理であろう。

近くのホームセンターや苗を売っているスーパーに行くとパンジーやビオラ、ストックやキンセンカなどが花付きの大苗で売られている。一体こんなに早くどうやって育苗するのだろうか。夏場に涼しい環境を作り、発芽させているのだろう。

2020年11月5日
から Mat Grimm
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公渕公園の菊花展

公渕公園は公渕池とその周囲をぐるっと囲む森からなる森林公園で、そこに自由に遊べる広場やアスレチック遊具のエリア、鳥などの観察エリア、菖蒲や牡丹などの植物園などさまざまなエリアが遊歩道でつながれ、周回できるようにした公園で市民の憩いの場となっている。そして、秋のイベントとして今年も菊花展(10月15日から11月10日)が開催されており、10月30日に訪れた。私が子供の頃には菊人形展という菊でさまざまな人形を象った展覧会があちこちでこの時期に開かれ、菊の鑑賞そのものよりも多く集まる人を目当てのさまざまな出し物や屋台などで買い食いする、楽しい機会として記憶している。今の菊花展は花として鑑賞するため、単純に1本や4本に仕立てられたり、丸く半球状に仕立てたりした菊が多く、人形にすることはないようだ。大輪の菊はとても豪華で見事という他ない。作者の名前プレートもあり、その情報から同じ人がさまざまな種類の菊を出品していることが判る。きっとその人は個人だけでなく周囲の家族も巻き込んでを菊の栽培に注力しているのだろう。菊の株元を見ると1株から1本ではなく、4本に枝分かれしたり、半球仕立てでは1株から数十本の枝に分かれ、それが針金に沿って空間的に整列して、あるいは放射状に均等に配置されている。その菊がほぼ同時に開花しているのに感心する。一つのコーナーとして菊盆栽があり、小さな鉢に菊がまるで盆栽のように仕立てられている。そこで手入れしている人に尋ねると、菊は宿根草なので株は毎年、同じ株を使うが芽が出てからは新たに整枝する。すぐ大きくなるので薬で成長を抑制しながら、形状を整えていくのだそうだ。

菊花展のもうひとつの楽しみは実は併設の焼き芋販売である。この時期はさつまいもの収穫期であり、地元のさつまいもがその場で焼芋マシーンで焼かれ販売されている。今年は一個百円であった。ほくほくの焼き芋をベンチに腰掛けて賞味した。菊の鉢の販売やチューリップの球根などが産地直売価格で販売されており、小菊(クリスタルピンク)と孔雀草(薄い紫)の2鉢を購入した。来年にはこれを挿し木で増やしたい。

2020年11月2日
から Mat Grimm
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小麦作付け計画

昨年、初めて小麦を試しに作付けしてみたが、思いのほか簡単にできた。ほとんど手を掛けていない。品種は最も一般的な農林61号であり、行きつけの種苗店にあった唯一の小麦の種であった。近所の小麦作付け農家の種まきを見て、1-2日遅れて種をまいた。排水の悪い水田跡地しかないので、高畝にして、手で数粒づつ点播きした。畝幅は1m弱で1条の畝を4つ、畝の長さは計80mくらいである。発芽して、土寄せや麦踏はそれぞれ一回しかやっていない。畝幅が狭く、麦踏は難しい。肥料は野菜を作ろうとして施肥していたのでこのために施肥していない。途中で追肥として硫安をぱらぱらと散布したが、定量的ではない。それでも、出穂して稔り、鎌で刈って、グリーンハウス内に竹竿に挟んで乾した。脱穀の手段を検討したが、ブルーシートを敷いてその上で小麦の束を木づちで叩くという方法がよさそうであったが、その後の工程として子実を葉や茎片などの屑と選別する良い方法を思いつかず、放置していた。唐箕という手動回転式の古い風選別装置を持っていたが場所をとるので昨年に廃棄してしまった。今から考えると早まったと反省している。これは大豆、ゴマ、そばなどの子実を脱穀後に茎葉屑と選別するのに大変便利な装置である。10月になって、古いコンバインを修理してイネの刈り取りと脱穀を行うことができるようになった。このコンバインは麦にも対応しているので、干してあった麦の束を脱穀した。約10㎏の小麦の玄麦が取れた。

農林61号は中力粉に分類され、麺類には使えるがパンには適さない。私は朝食には毎日パンを食べており、そのパンを焼いている。だから、パン用小麦を作りたい。ネットで調べると私の地域(西日本)の気候に合った強力粉となる小麦はニシノカオリとミナミノカオリである。小麦の作り方で迷っているうちに両品種の種が売り切れとなり、令和元年産のミナミノカオリが残っていたので10月27日に発注した。ミナミノカオリの播種時期は標準でやや遅く11月20日頃である。

刈り取りや脱穀はコンバインがあるのでこれを利用したい。しかし、コンバインは幅の狭い高畝には傾いて使えない。だから、幅の広い低い畝にする必要がある。そうすると排水不良で生育するかどうか確信はない。播種量は100m2(1a)当たり、600~800gというが、播種量は播種方法や播種時期、地力によって変わってくるが、私の場合には60㎏程度を収穫できればよい。ドリル播きの収量データによれば反当たり400㎏がとれるという。小麦を栽培しようと考えている圃場の広さは450m2程度である。排水の悪い南端は使えないし、西と東の枕地はコンバインの作業スペースを考慮して1.5m程空けておくと、実質的栽培面積は300m2前後となる。ドリル播きの場合には収量は120㎏となるがドリル播きは高密度の多条播きなので、仮に畝幅150㎝の4条播きとすると、その半分の密度の2条播きで収量が60㎏程度となる。平均的条間隔は75㎝となる。

手押し車型の種播き器があれば、種播きが簡単だが、3万円から5万円もするので諦めた。昨年同様、手で15㎝間隔で5粒前後を点播きすることにする。肥料は有機肥料として醗酵鶏糞を窒素で反当たり5㎏相当を散布してから、ロータリーで7-8㎝の深さで漉き込む。高松の中山間地にあたるので標準的種まき時期は11月20日であるが、5日程度早め、11月15日にしようと考えている。

水田跡なので排水は明渠のみで圃場の周囲は深く溝を設けるが畝間の溝はコンバインで刈り取れるように浅くする。

2020年10月21日
から Mat Grimm
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稲作のまとめ

来年も稲作をやろうと思うが、どのくらいの費用が掛かっているのかまとめてみる。人の労働やすでに持っている農機は除外し、イネ作りに実際に新に支払った費用である。費用を2つに分ける。毎年発生する直接費と耐用年数の長い設備費に分ける。種もみ費や肥料代、乾燥・籾摺りの外注費を直接費として3万6千円、コンバインの修理費、水草除草アタッチメント、田植え定規などの設備費が12万円である。今回のお米の出来高は玄米で427㎏で屑米が40㎏程度である。ざっと7俵の出来高であった。設備費の耐用年数を5年とすると年あたり2.4万円だから、直接費と設備費を合わせて6万円となる。1俵あたり8千600円となる。この辺りの米の市況の半分くらいである。

今回はビギナーズ・ラックと言える幸運に恵まれている。種もみは品種「にこまる」全量を購入した。私の地域では「ヒノヒカリ」か「コシヒカリ」である。「コシヒカリ」はおいしいが早生であり、中晩成の「ヒノヒカリ」に近い「にこまる」にしたことで、代掻きや田植え、稲刈りなど回りの稲作作業を見て、対応することができた。もし、コシヒカリであれば、スケジュールが先行するので遅れた可能性が高い。

完全無農薬とするため、水苗代で5.5葉の大苗(5月15日播種、6月20日田植えの36日5週間)を育苗し、1本または2本の坪36株の尺角手植えとして、深水でヒエを防いだ。また、元肥として2月にからし菜の種を播き、田植えの1月前に漉き込み、と同時に鶏糞を反当たり窒素分で5㎏を投入した。地域の水路の放流が6月17日から開始となり、この日から代かきを一度だけ行い、19日―20日で田植えをおこなった。代掻きを2度できれば、均平や抑草に効果があったかもしれないが、私の地域では水放流日の前倒しの選択の余地はなかった。さらに田植え後、抑草のため、4日以内に米ぬかを反当たり8袋(15kg)散布した。これは元肥ともなっている。したがって、やや過剰な元肥となっている可能性がある。除草のための田押し車による中耕を行ったが草刈り機にアタッチメントをつけてモーター駆動の中耕を都合、2回行った。稲刈り時にはヒエが目立つほどあちらこちらで稲の屋根から突き出してきて、除草が不十分であったことを認識した。本来は縦横をそれぞれ2回、計4回中耕を行うべきであったが、結構、大変な労力である。しかし、抑草は結局、米ぬか、深水、中耕のみであり、その割には雑草が少ない。

穂肥については迷ったが結局、与えなかった。1反で7俵止まりであったのは穂肥のせいかもしれない。しかし、稈長が1mを超え、徒長気味であったのでタイミングを間違えると病気を呼び込むと思い、止めた。多収よりも無病を選択する。稲刈りをやっていて、ところどころ、稲株が白くなって枯れているのに気が付いた。いもち病らしい。もっと病気について知る必要がある。

稲刈りの時期は積算温度や水分率で判断すべきであるが道具がなく、結局、周囲の稲刈りより、1週間程度遅くなって稲刈りをした。出穂はマニュアルでは8月28日頃であるが、稲刈りまで標準で42日からすると10月10日頃であるが実際は16日におこなった。地域の水路の最期の放流が9月23日であり、この日以降に台風が2回近づき、雨があり、田が乾いて稲刈りができるのは10月7日~10日頃と10月15日~16日頃であった。手伝いや乾燥・籾摺りの予約に合わせて、運よく、稲刈りが16日にできた。

稲刈りを手刈りにして、稲架かけをして、干して、脱穀をするという方法も考えたが、稲架かけの竹竿の調達や脱穀機の調達が課題であり、中古のコンバインを修理して使うことにしたが、修理費は嵩んだが5年は使いたい。籾の乾燥と籾摺りを自前でやろうとすると残念ながら、収納する建屋がなく、外注することにした。玄米の外観品質も外注により、機械選別を行うことで保たれていると思う。

得られた玄米を早速、精米して食べてみたが、新米ということもあるだろうがとてもおいしい。完全無農薬でこれだけのお米が1年目から採れたのは大成功というべきであろう。天地の神、そして友人・親類・家族に感謝したい。

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