グリム農園&田舎暮らし

定年退職後の日々の日記です。

2026年のイネ作り(7月12日まで)

2026年7月12日 から Mat Grimm | 0件のコメント

毎年、イネ作りは特別な緊張が伴う。もう7年目のイネ作りなので、もっと楽にできるはずであるが、毎年、新しい問題に出くわして判断を迫られることになる。ヘアリーベッチの緑肥は結局、うまく発芽しなかった。種まき後に軽くトラクタで耕耘して、覆土したのであるが、もしかしたら、覆土が厚くなって、発芽を阻害したのかもしれない。しかし、恐らく、長雨による湿害であろう。稲の圃場はいわゆる谷と呼ぶ低地にあって、排水性が良くない。そこで、緑肥を諦め、発酵鶏糞を元肥として、使用することにした。次に育苗であるが、今年は全て育苗マットを使った。昨年から使いはじめ、種まきが楽になった。種もみはニコマル6㎏、クレナイモチ1㎏を予約購入した。外山池のユル抜きが6月13日なので、代掻きを13日、田植えを14日とするとそれから、逆算して、25日苗を作るとすると、5月20日が種まきとなる。浸種を10日間とすると5月10日に塩水選、温湯消毒、浸種開始を行う。実際には5/10に浸種を開始したが、種まきは都合で5/22に行った。しかし、田植えを15日に行うことにしたので、5/21の種まきのはずであるが、都合がつかず、5/22に種まきを行った。種まきは種もみが歩留まりが良かったので、箱当り120~125gを手播きした。ニコマル40箱、クレナイモチ6箱を種まきして、庭の隅に育苗スペースを設けて、シルバーポリトウのトンネル内に収納して、発芽させた。順調に発芽したが、例年に比べると必ずしも均一ではなかった。箱の置かれている高低差や温度など育苗の環境が同じでなかったのか、浸種でのバラつきなのか、今後の課題である。そして、緑化・硬化すると、後半には苗の成長とともに水やりが大変なので、例年、プール育苗で川の水で成長させていたが、昨年、少し遅れて種まきしたヒノヒカリは育苗マットを使い、プール育苗させないでそのまま最後まで育苗させてほぼ遜色ない苗ができたので、今年はプール育苗を止めた。すると、陽射しの強い、晴れた日には油断すると苗の葉が少し縮れてしまうことが起きて、慌てて水やりを行い、なんとか枯らさないで育苗できたが、苗は葉色は薄く、少し黄色になったものもある。人に原因を聞いても、水やりをやりすぎるとそうなるとか、焼けてしまうとそうなるとか、はっきりした原因は不明である。プール育苗の場合には水やりは水位調整だけで、どちらかというと徒長させないように苦労する。今年の苗は25日であるにも関わらず、20日苗と大差なく、短く細い苗となった。
田植えは昨年の反省から、水切りをしっかりと行い、すなわち前日辺りから水やりを控えた。水切りが不十分だと田植え機に苗シートを立てた時に自重で曲がり、送り込みがうまくいかず、頻繁に止めて補正することになったからである。田植えは苗がそれほどおおきくないので、カットすることもなく、そのままセットすることができた。苗が使い終わりに近づくと、次の箱苗をセットするのであるが、その接続部では苗の掻き取りがうまくいかず、欠株になったりする。そこで、終わりに近づくと、残りの苗を使わないで、新しい苗シートをセットすることにした。例年に比べるととてもうまく田植えできたと思う。8時半から始めて11時頃には1.5反を植え終えた。
6月13日、14日の2日間で代掻きを行った。毎年、田植え後に水持ちが悪く、その水漏れ対策で苦労する。また、高低差があると苗が水没したり、土の表面が水から露出したりする。今年は均平化に注力した。具体的にはまず、代掻き前の耕耘のときに高低差の補正をおこなった。トラクタを反転させる箇所はどうしても深くなってしまっており、その先の畦畔の近くでは土が寄せられ浅くなる。トラクタのロータリーカバーを下ろして固定し、爪を逆回転させながら、高いところから低いところへと土を移動させる。もうひとつの新しい試みは代掻きを縦横の二方向でおこなったことである。これまで代掻きはまず、周回を圃場の畦畔に沿って1周または2周し、次に長い東西の方向だけを反転しながら、一筆書きで往復し、最後に周回をして終えていた。しかし、今年は縦だけでなく、横方向にも代掻きを行った。ちなみにPTOは2で速度は1.1m/Hr位である。そして、タイヤ痕を残さないように反転はバックしながら、方向転換し、短い辺であっても、愚直に耕盤を削って均平化したと思う。そして、田植えの時の土の感触は大変、良く練れており、欠株の補植を手植えするとその違いがよく分かった。そして、水を入れてからの水持ちが大変、良かった。これまで、水漏れは畔際で起きていて、モグラの穴ができていて、プラスチックの畔波板で漏れを防いでいても、滲むようにすこしずつ畔の外へと漏れていた。漏水箇所を見つけることが難しく、怪しい付近を足で踏んで穴を潰すことくらいしか方策がない。今回の丁寧な代掻きで細かい粘土層が出来て、それが穴を塞いでくれたのかもしれないと考えている。(R80710)
長雨が上がって、梅雨明けと言ってもいいこの頃では毎日、強い日差しと30℃を超える日が7月7日から6日間続いている。今日、7月12日にユル抜きの日で水を4日ぶりに田に行くと、3枚の田の内、2枚の田は水が減っていたものの、土が露出していなかったが、1枚の田は高い所は土が露出し、たくさんの雑草が発芽していた。水位は最低レベルまで減っていた。3日間で4.4㎝減っており、天候が良ければ1日1㎝程度の減少は普通である。ちょっと大きめの減少であり、どこか水漏れがあるのかもしれない。それにしても、こんなに雑草が生えていると放置すれば除草がますます大変になる。早速、田植え長靴に履き替え、水草トリマーを刈払い機に装着し、問題の田に入り、田車の代わりに水草トリマーのカゴ車で土を削り、草を掻き取る。田は柔らかく、深い土の層となっているので、1時間も歩くと、汗が出て、息が荒くなって、休憩が必要となる。3aくらいの広さの圃場の草取りに4回、総計4時間位かかった。他の圃場でも3.1㎝から3.3㎝位減っているが、土は露出していなかった。やはり、深水の確保が雑草抑制には必須であることを再度認識した。(R80712)

じゃがいもの植え込み(R80210)

2026年4月15日 から Mat Grimm | 0件のコメント

 

じゃがいもはこれまでメークインと男爵をそれぞれ40株程度を2月初めに40m程度の1畝に栽培して、5月末頃に収穫してきた。そして、秋じゃがいもを作る必要がないほどたくさん獲れている。そこで余り不満はないのであるが、メークイン、男爵にも共通して、小さいじゃがいもを蒸かして食べる時に”えぐみ”が強くおいしくない。そして、じゃがいもを収穫するときに黒マルチを剥がして掘るのであるが、土に埋まっていても少し緑かかっているように思う。”えぐみ”はもしかしたら、この薄い緑色と関係があるかもしれないと考えている。そこで今年はまず、メークイン、男爵に加えて、”アンデスの赤”と”グラウンド・ペチカ”という品種を栽培する(R8.1.31埋め込み)。そして、1畝は従来の方法、つまりトラクタ耕耘してイモを植え込み、硫安を肥料として、間に埋め、黒マルチで被覆する。そして、もう一畝はいわゆる自然農法で栽培する。肥料は与えないで黒マルチもしない。収穫量はすくないかもしれないが、味に違いがでるかもしれないと思っている(R90210埋め込み)。
今日は3月19日だが、黒マルチの下からジャガイモの芽がマルチが少し突き出してみえないかと見回りしたが、意外にもまだその兆候は見られない。もちろん、黒マルチをしていない自然農法の畝はまだ芽ぶきは見られない。少し、深植えしたせいかもしれないとも思うが、遅いのかもしれない。(R80319)
今日は4月15日でもうほとんどのジャガイモの芽が土から出ている。従来の方法である、黒マルチ、化学肥料施肥の畝にはまず、男爵とアンデス赤がいつもの年より遅く、黒マルチを突き上げるように芽がでてきたので、そこを破って、芽出しをしたが(R80326)、すこし遅れてメークイン、そして、かなり遅れてグラウンドペチカも少し膨らんできて、芽出しを行った(R80405)。それでも芽の突き出しの兆候の見られない箇所もある。一方、自然栽培した畝では黒マルチした畝とほとんど変わらず、早く、芽が出てきたのには驚いた。特にアンデス赤は早く、R80329に最初の土削りを行った時には芽が出ていたが、ペチカはまだでていない。グラウンドペチカは遅れて芽が出てきている(R80415)。メークインの芽出しが遅いのは種芋が自家採取の保存イモのせいかもしれない。

元旦に白山に登る

2026年2月10日 から Mat Grimm | 0件のコメント

子供の頃から、眺めていた低い美しい山であるが、最近になってそこが散策コースになっていて、地域の憩いの場になっていることを知った。一度、その山の探索のために登山口を見つけるべくうろうろしていて、ふもとに立派な白山神社があることを見つけた。そして登山口が神社の横にあり、片道30分とある。その時は4合目で諦めて引き返したが、今回は元旦で、暇も体力もあるので、登ることにした。高さは203mというが金比羅山に匹敵する位の体力消耗度である。途中、息を切らし、小休止をいれながら登る。足元は4合目あたりから、土に階段を設けてあるが、石がごろごろして歩き難い。頂上に達すると簡単な展望台と社がある。そこからの眺めは今までになく新鮮なものであった。今まで家から白山の頂上をなんとなく眺めていたが、今その頂上に立つと、我が家はどこにあるのか見つけられない。しばらく、探していたが、それらしきものは見つかったが確信を持てない。我が家は平地にあり、目印となるような建築物がなく、それほど高い位置からの眺めでもないので、池などの水面を頼りにすることもできない。しかし、散歩に適した低山であり、公渕公園に匹敵する魅力がある。これも地域の宝のひとつかもしれないと思う。

 

秋カボチャ

2025年11月27日 から Mat Grimm | 0件のコメント

今日は11月26日である。最低気温が10度を下回るようになってきた。畑の片隅に放置していたカボチャを思い出し、どのくらいの実がついているかを確認した。2株ほどであるが、1株は恐らく芳香南瓜でもう1株はグラッセという品種である。日誌を見ると4月27日に苗を10株ほど定植し、8月、9月に収穫して10月にはそのほとんどを撤去したはずである。記憶が確かではないが、その時にまだ若々しい株を撤去しないで残した。秋カボチャがとれるかもしれないとそのまま放置したのである。恐らく、収穫から漏れたカボチャの実がその場で分解して種が残り、その種から発芽した二世代目の株であろう。というのも他にも黒マルチの上にカボチャの種が集合して残されているからである。たまたま、黒マルチのない箇所に落ちた種が発芽したのであろう。11月初めにさつまいもを収穫する際に遠目から葉が良く茂っており、近づいてみると授粉したカボチャの小さな実がたくさんあった。今では葉の多くが低温で萎れており、これ以上の光合成による肥大は期待できないので収穫した。芳香南瓜と思われる株は比較的小さな実がたくさんついていた。こぶし大の実で数えると20個以上である。グラッセの株は大きな実を2個つけていた。思いがけない秋のプレゼントである。毎年、秋カボチャをつくりたいと考えているが、活動計画に入っていないので、実現していない。来年はすくなくとも8月頃に種まきをやろうと思う。

緑肥(ヘアリーベッチ)と浮草・藻の発生

2025年7月19日 から Mat Grimm | 0件のコメント

今日は令和7年7月17日で昨年の今日に水稲に鶏糞ペレットの追肥を行っている。しかし、今年は追肥をしない。稲の葉色を見ると濃い緑であることと、水田に浮草や藻が発生しており、どうも肥料が多すぎると藻などが発生するらしいからである。緑肥として、従来、菜の花の一種であるキカラシを2月頃に種まきしていたが、ここ2,3年は湿害でほとんど緑肥と言えるほど茂らなかった。そこで昨年の11月8日に粗起こしをして初めてヘアリーベッチというマメ科の緑肥を5㎏購入して種まきした。覆土しなかったため、低発芽率を覚悟していたが、12月1日には所々で発芽を確認した。しかし、とても均一に揃ってはいなかったため、種まきは失敗したと考えていた。そして、3月頃には遠くから見るとカラスのエンドウなどの雑草が茂っているとしか見えなかったが、よく見るとヘアリーベッチであることが判り、4月初めになると圃場の畦畔を覆い、さらに外に溢れるように茂ってきた。そして、花が満開近くになって、5月4日にハンマーナイフモアで刈り散らしたがヘアリーベッチの密度が高く、モアへの負担を考慮して高刈りせざるを得なかった。そして、5月11日にロータリーで漉き込んだ。どの程度の窒素成分に相当するのか、単位面積当たりの生草重を計っていないので、何とも言えないがネット情報によると少なくとも反当り4㎏から20㎏位の窒素成分を生成するらしい。だから、水稲の元肥としてなにも入れていない。追肥をするかどうか迷ったが、昨年は初めて反当り2㎏の追肥を行ったがそれまでと異なり、藻の発生が異常に多かった。私はこれまで中干しをしないできたので、そのためもあるかもしれないが、藻が水中にスポンジを浸けたように重く沈んでいた。結果としては、収穫は例年より、やや多かったので、追肥の効果と言えるかもしれない。昨年は浮草は今年ほど発生していない。まとめると、今年は緑肥のヘアリーベッチが効いているのか、藻や浮草が発生しているので、追肥せずにおこうと思う。そして、今まで中干ししないできたが、藻・浮草対策として、軽い中干で除去しようと考えている。

 

 

お火焚きに初参加

2024年1月15日 から Mat Grimm | 0件のコメント

地元の鰹宇神社のお火焚きがあることを年間行事カレンダーを見て知っていたが、昨日偶然にそれが今日であることに気づいた。鰹宇神社は車で5分の距離であるので、少雨ではあるが、行ってみる。正月のしめ縄飾りがひとつあるので、それを処分するためにも行く理由がある。果たして、神社に近づくと参道に車が駐車してあり、遠くからでも境内から煙が立ち昇るのが見え、お火焚きが確認できる。そこではいつもの神主さんを中心に大きな焚火を囲んで、世間話をしているようである。しめ縄飾りをそこへ投げ込み、燃やす。焚火からの熱線で離れていても熱いくらいである。お火焚きの当番は西吉田という集落で、朝8時からとなっていたが私が到着した8時半過ぎには、焚火の木はかなり燃えてしまっていた。少雨であったが、次々と参拝者が車で到着しており、意外と根強い人気があるのだなあと感心した。そして、帰ろうとすると神主さんが手で指し示す方では焼きもちの振る舞いがあり、近づくとご婦人方が焼きもちと焼きみかんを作っている。焼きみかんは食べたことがないので、一部、黒く焦げたミカンをもらった。熱くて皮をむくのも大変なので、ポケットに入れて、本殿に参拝することにした。先客がいて実に丁寧に祈りを捧げていた。今日は月曜なので、勤め人はとても参加できないであろう。そこで年配者が集まることになる。神社の静かな時間と森に囲まれた空間にいると不思議と心が落ち着いてくる。養老先生がテレビ番組で言っていたが、教会とか、神社やお寺などは目的があっていくというよりも、用もなく行って時間を過ごすという場所で、宗教とはそういう身体的なものだそうで、なるほど我々シニアにとってはとても心地良いものであると納得する。お火焚きは初めての参加であったが、来年も行こうと思う。

新年のご挨拶

2024年1月1日 から Mat Grimm | 0件のコメント

古希を過ぎて、年賀はがきによる挨拶を辞める人が増えています。私は今回、いつものように準備しましたがどうしたものかと考えています。そこで電子的にご挨拶を試みようと思います。メールで送付するのがいいかもしれませんが、一般的なご挨拶はここに掲載することにします。
2024NYCard

2023年も残り数時間となりました。本当に一年が早く過ぎていくのを感じます。2023年はどういう年でしたか。私にとって、農業はリタイア後の新たな活動のフィールドでこれまで新製品開発でやっていたことを今度は土を相手に植物の生育・収穫(製品開発)を目指すということで、知恵を絞って問題解決を図るという意味では同じとも言えます。もちろん、会社員時代では企業間競争も激しいのですが、組織がブランドを持ち、販売力があり、組織の一員であるということで、ありがたいことに生活するうえで十分なお給料をいただいておりました。ところが、一人で野菜を作ってみて、売ろうとしてもノウハウもなく、野菜の差別化やブランド力もないし、個人の農業で食べていくことの難しさを改めて実感しております。しかし、一方で小農(家族規模の農業)は工夫次第でいろいろ展開ができ、面白いと思います。例えば買い物不便エリアへの車での野菜販売など。SDGsという目標の達成には重要な要素ではないかと考えています。企業は最大利益を追求するという宿命があります。これと地球温暖化をはじめとする地球規模での環境維持という制約がすべての企業に課されることになります。将来的には企業活動の地球環境に与える影響のアセスメント無しには活動が許されなくなるのではと思います。小農はうまくやれば生物多様性や自然を損なわないで食料生産ができ、地産地消の地元需要に応えることができます。環境維持に沿った活動と言えます。

一夜明けて、新年を迎え今年も地元の神社に初詣してきました。昨年は見逃した獅子舞を今年は見ることができました。獅子舞は香川県ではどの地域にも根付いている郷土芸能です。私が属している神社にも8つの獅子舞のグループがあり、秋祭りにはその全てがそれぞれ独自の獅子舞を披露・奉納します。お正月に奉納するのはこの獅子舞を維持・発展させようという有志の集まりである「十獅会」の行う獅子舞です。それぞれのグループの獅子舞を取り入れて一つに融合させた獅子舞です。地元の小学生にも獅子舞の楽しさを教えており、年々若い人達の参加が増えているようにも思います。

 

獅子舞に参加する

2023年10月6日 から Mat Grimm | 0件のコメント

2019年の5月にUターンして10月に地元の鰹宇神社の祭りに参加したのだが、その時は”外山・円土座獅子連”の一員ではあってもただ一緒に行動するだけであった。しかし、新型コロナウイルスの感染禍の為に3年間、祭りは規模縮小、獅子舞は中止となり、祭りに本格参加する学習の機会は失われた。新型コロナも変遷を遂げ、一般の風邪並みの扱いとなるに及んで、2023年に4年ぶりに通常の規模で鰹宇神社の例大祭が行われることになった。
4年ぶりということもあり、さぞや皆は張り切って参加するだろうと予想していたが、獅子舞準備の最初の集会で常連の使い手が5名ほど喪中のために参加できず、定年退職して戻ってきた経験の浅い育成組のシニア3人が獅子舞の音曲を担当せざるを得ない状況であることを知らされた。そして9月2日から週2回の獅子の練習が始まった。祭りは9月24日に「口明け」、9月30日に「宵祭り」、10月1日「本祭り」という慌ただしいスケジュールである。私はほとんど鉦も太鼓も観客の興味半分でしか叩いたことがなかったが、3週間弱で本番となる。それでも自分に番は回ってこないだろうと思っていた。
獅子舞は鉦2と太鼓2の音曲と2人が油単の中に入って獅子となって踊る6人構成となっている。獅子の使い手は体力を要するため、若い人が交代しながら、約10分の舞を曲に合わせて踊る。通常は獅子使い手だけでも6~10人くらいが交替で使う。鉦と太鼓は1曲持ち切りでもそれぞれ2人、最低でも4人が必要である。普通は場所を変えながら何曲も演舞するので、交替要員2人を加えて最低でも6人は欲しい。全体で12人位の人数となるが、後ほどの獅子舞のスケジュール調整では9人という時間もあり、全く苦しい状況であった。過去には若手が郷里を離れ、少子化もあり、何度も少人数で挙行せざるを得ないこともあったそうである。
現在、十河地域(約3700世帯、53自治会)の本神社である鰹宇神社で獅子舞を奉納する権利をもっているグループは8つの獅子連である。しかし、諸事情により、年々減りつつある。外山・円土座獅子連は26世帯の外山自治会と数名の旧円土座自治会から成るグループである。私が子供の頃には獅子の鉦や太鼓の音が遠くから聞こえてきて、祭りが近いことを知り、鰹宇神社の秋祭りに連れだって露店で買い食いしたり、おもちゃで遊んだりした楽しい記憶があるが、獅子舞は見たかもしれないがその機会はすくなかったように思う。
獅子舞は獅子連によってその曲も踊りも異なる。我が獅子連では「牡丹くずし」という分類に入るらしいが、次のような踊りを行う。獅子という動物が呼び出しで登場し、首や耳、口を動かせて身体の手入れをしたり、動物の所作を披露する。そして、やがて身体を左右に揺らしながら、正面に向かって前進していく、前面に到達すると頭を下げ、尻を高くして激しく首を上下左右、前後に振って威嚇するような動作をする。その時、鉦と太鼓が動きに合っているといわゆる「見え」がきまる。これが舞の最高潮部であり、「猩々の舞」というらしい。10分間の間に獅子は前面で踊ったり、後ろに下がって眠ったり、ループを描いて回ったりして数回、前面に出て威嚇動作をする。この一連の動きはいくつかのパターンを組み合わせてテンポを変えたりするのでこれを覚えるのは容易ではない。踊りの順番は変わらず同じなのであるが、それぞれの舞から次の動作に移るのは太鼓の合図である。鉦は太鼓や獅子を見ながら、次のタイミングを測る。太鼓は獅子を見ながら次の踊りの合図を出す。獅子は鉦の音に合わせて獅子の頭を振ったり、油単を動かす。太鼓をたたく人が全体の指揮を執る。早く終えるときは舞を進めるように合図を早く出すことで短くできるし、丁寧に時間を掛けたいときはゆっくりとしたテンポで行う。8分~16分くらいに自在に調節できる。
私はまだまだ、未熟で曲が身体に沁みついていない。時々間違えるし、今がどのシーンかを見失って迷ったりする。その時は鉦が止まるので、獅子舞の勢いを削いでしまう。
ボケ防止にと思い、必死で覚えるが次の日には忘れている。この繰り返しである。しかし、獅子連の活動を通して思うことは地元の祭りの持つ不思議な活性化作用である。そして、獅子舞を通じて自治会の人たちや地域の人とのつながりができてくる。江戸や明治の時代から続いているという獅子舞にはその理由がある。耳がおかしくなるほどの音であるが、心地よい響きがあり、気持ちが明るく高ぶってくる。また、来年もやりたいと思う。

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