グリム農園&田舎暮らし

定年退職後の日々の日記です。

2023年1月23日
から Mat Grimm
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無肥料栽培の畝つくり

 無肥料栽培と言っても何も土壌に与えないわけではない。土壌を空気中の窒素を固定する菌類でいっぱいにすることで野菜や植物が必要な窒素を菌類から得るようにする。一方、菌類は枯れ木や枯葉などの炭素を分解して生きるという。このような都合の良い菌類が存在するらしい。最近、いろんなメディアで注目されている吉田俊道さんの手法である。昨年、スイカやかぼちゃ、ズッキーニなどはうどんこ病や夏の大雨で一気に樹勢が衰えてしまった。また、トマト、なす、白菜、大根などはカメムシ、アブラムシ、青虫、ヨトウムシなどの虫害で、見るも無残であった。もちろん、無農薬を信条としているので、ある程度は仕方ないと思うが、何とかしたい。吉田さんの無肥料栽培では菌類から必要なだけの栄養を吸収するので、病気や虫を呼ばないという。そこでその無肥料栽培をやってみることにする。
 その菌は糸状菌といい、普通に屋外で朽ちた材木等に見える白いカビ状のものらしい。水分が嫌いで水に浸かると30分で死滅するらしい。だから、高畝にして、雨が降ってもすぐ排水できないと生きていけないらしい。土壌に有機物がたくさんあるとさまざまな菌や微生物が住み着き、土が団粒構造となり、排水性がよくなるらしい。だから、土はトラクタで耕起するとその構造を破壊するので、耕起しない方がよいらしい。団粒構造は即席にはできないので一度始めると、かなり長時間放置することになる。そして、黒マルチで雨を防ぐとともに保温して菌類の繁殖を図る。糸状菌は好気性の菌なので密閉は良くないらしい。適度の湿度と空気、そして温度が生育環境となる。
 以上の考えをもとに、圃場を決め、5本の畝を高畝にして、その上に枯草を盛った。繊維質の多い枯草ということで枯れたセイタカアワダチソウ、ススキ、笹を探して集めた。軽トラで15回くらい運んだ。耕作放棄地や笹の茂る土手、池の堤防などである。そして、もみ殻をもらってきて同じく軽トラで二車分くらいを投与した。そして、3m幅の畝に盛り上げ、その上に畝の間の溝の土を漉くって枯葉の上に軽く載せていく。その上から古い黒マルチを被せれば畝の出来上がりである。スイカやかぼちゃ、トマト、なすの定植は4月末ごろになるので、それまで糸状菌が繁殖してくれればよい。念のため、糸状菌が繁殖しているもみ殻堆肥が入手できれば、投与したいと思う。まだ、5本のうち、1本だけ、マルチを被せる前の段階まで来ている。結構な冬のエクササイズである。
 2月28日に一応、無肥料畝5本が完成した。JAのカントリーからもみ殻堆肥を分けてもらい、肥料袋で畝当たり2袋を散布した。もみ殻堆肥の山から白いカビ状の菌が見える箇所をできるだけ狙って袋詰めした。だから、糸状菌が生息しているはずである。そして、最後に古マルチを被せる。1回使用したものは比較的破れた箇所が少ないので1枚でも十分だが、2回使用したものは破けた箇所が散見されるので、2枚重ねして用いた。また、植穴が開いているので、気密性とはならないが雨が降ると過剰な湿度になるかもしれない。2枚重ねして植穴の位置をずらすと直接土に雨が当たらなくなる。通気性も保たれるはずである。土がどのように変化するか楽しみである。

2023年1月7日
から Mat Grimm
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小麦のその後

 パン用小麦(ミナミノカオリ)を種まきしたものの、発芽がほとんどなかった。私より遅く種まきした近郊の小麦がすでに発芽しており、このままでは私の小麦の発芽は期待できないと自覚した。使った種は21年産の収穫小麦であり、暑い夏を2度経ており、外観は良いが種が劣化してしまった可能性がある。
 再度、22年産の小麦を蒔くことにする。22年産の小麦は収穫後の保管がよくなかったためか、小麦の紙袋の中に小さな虫が発生してかなり、捨ててしまった。捨てた箇所では発芽していたので、発芽することは知っていた。残っている比較的外観の良い小麦を今度は手押しの種まき器を使って蒔く。この種まき器は知人が持っていたもので私が探していることを知り、使えるかどうかわからないがということで持ってきてくれた古い農具である。この機会に早速、使ってみることにする。22年産の小麦は虫食いで食べられないので、廃棄処分のつもりで種まきする。種まき前に圃場はもう一度、トラクタで浅く耕耘して平坦にした。この種まき器は回転する軸に軸に沿って2か所に窪みがあり、手押しで車を回転させることで単純に種を進みながら、落としていく。土が乾いていれば、車がうまく回るが、少し湿っていたので土がついて重くなり、回転せずに押し滑りとなるが、それでも手播きよりも均一に蒔くことができる。11月20日に撒きなおした。
 9日後(11月29日)には少し発芽が見られたので安心するとともに種の保存が重要だと思う。しかし、手押しの種まき器は種が落ちるだけなので、穴を掘り、そこへ落とすわけでなく、種が散らばっており、発芽の小麦もそれなりに広がっている。
 年内に麦踏ができなかったので、1月6日に麦踏を行う。と同時に種が残っていたので麦踏をしながら、発芽が薄い箇所を中心に手播きしながら、踏み進んだ。大量に小麦の作付けをやっている農家によれば1月に種まきをしても、やや丈が小さいものの収穫にはほとんど影響しないということを聞き、試しにやってみる。種は多めにあるので手でバラバラと適当に振りまいた。7日は雨がふる予報であり、朝の雨前に種に土かけを行った。もし、これで普通に生育するのであれば、種まき器もなくてもいいかもしれない。追加種まきで小麦の適切な密度での生育を期待している。

2023年1月2日
から Mat Grimm
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2023年の初詣

 地元にもどってからは、私の住んでいる集落の天神様やさらに広く統括している鰹宇神社に参拝することが多くなった。天神様は40軒弱の集落で維持管理しており、境内を清掃したり、春秋の2回、鰹宇神社の宮司を呼んで祭りを行うので自分たちだけの神社だと思っている。
 鰹宇神社の氏子の数は知らないがこの地区の人口は8000名あまりである。地区を通る幹線道路ができてから、住宅地が増え、ロードサイドにモールが作られ、結果として人口が増えているそうだが、必ずしもそれが氏子の数の増加につながっていないという。鰹宇神社も集落単位の当番制で清掃に参加したり、季節毎の神社の祭礼に参加したりする。目に見えるつながりとしては毎年、この神社よりお札をいただいてそれを神棚に置いて安全を祈願する。そして、もっとも楽しいイベントとして秋祭りで神輿を担いだり、奴や獅子舞を奉納する。ここ3年ばかりは新型コロナで獅子舞は中止となっており、今年こそはと期待している。
 お雑煮とお節料理をいただいて9時過ぎに初詣に出かける。まず、約500mの距離にある天神様にお参りする。誰もいないが、大晦日と正月三箇日は開錠してあり、社に入ることができる。正面の引き戸の化粧板がはがれており、美しくない。修繕が必要だが、まだ取り掛かっていない。内部はきれいに清掃され、新年にふさわしい美観を保っている。家族の安全と健康を祈願する。
 すると遠くから、獅子舞の金太鼓の音が聞こえてくる。その音に誘われるように鰹宇神社に向かう。鰹宇神社の創建は古く645年の大化の改新頃と言われ、代々森口家が宮司を務めている。自宅から約1.1kmの距離にあるがその参道が尾根筋にあり、南から北へ神社の森に至る。深い森に囲まれた静かで古い神社である。
 参拝する人はほとんどが地元の氏子の家族であり、小学校を同じとする。境内では久しぶりの再会や交流の場ともなっている。残念ながら、神社についたころには獅子舞は終わっていたが、十獅会という獅子舞を振興する地元のグループを見かけた。恐らくボランティアで神社に奉納したのであろう。私の父親は初詣時には社の中で宮司から新酒をいただいて新年を寿いだものである。この近さがこの神社の特徴であろう。
 午後は少し離れた「田ノ口薬師」に参拝する。東かがわ市にある真言宗のお寺であるが、本堂の地下に暗闇になっている細い回廊があることで知られている。胎内巡りという。子供の頃、初めて体験し、強烈な印象をもっている。まさに暗闇を手探りで前に進む体験を通して、教えられるものがある。元日初詣の今日は人が多くて恐怖感はないが、それでも頼りなさを感じる。実は善通寺本山に行って、同じような地下回廊があることを知った。さらに規模が大きくて暗闇の通路が長い。
 田ノ口薬師へのアクセスは近づくと車がすれ違うのも難しい細い道しかない。しかし、ボランティアがたくさん出ているのであろう。一方通行とするべく、車の流れを完全にコントロールしていた。駐車場内の誘導も混乱もなく、感心した。二、三千平方メートルの臨時駐車場であるが無料である。境内や参道にも露店はなく、寺の収入を心配するばかりである。狭い小さなお寺なので参拝すると流れに押し出されるように短時間で帰路についた。
 すこし、小腹が減っていたので、帰途にある同じ真言宗の厄除けで有名な「與田寺」に参拝する。ここは参道には多くの露店が出て、参拝には長蛇の列ができており、参拝までに牛歩で進むため、40分以上かかった。そして、参拝後、引き返しながら、露店で生姜糖とお好み焼きの変形であるカタヤキを購入して車内でいただいた。なぜコスパの悪い、しかも美味しさも予想を超えることはないものを買ってしまうのか、映画館のスナック菓子とおなじで楽しい思い出をつくるためであろう。

2022年12月22日
から Mat Grimm
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初めての長いもの収穫

 長いもは今年初めての栽培で5月3日に5株の種芋を植え付け、その後、6月2日にキュウリネットを設置、7月20日に施肥をしている。少し離れた畑に植えたため、頻繁には状況を把握できなくてキュウリネットが強風で倒れたり、雑草が生い茂っていたりと長芋の蔓が生きているのは確認していたが、その勢いは畝の主役といえる状況ではなかった。この畑には一か月程度の間隔で草刈りに行くがそのたびに雑草の著しい成長を間のあたりにし、野菜が競争して勝つことは至難だと感ずる。
 12月となり、雑草も長いもの蔓も枯れており、イモがどの程度成長しているか掘り出してみる(12月19日)。種芋の植え込みが正しければ、イモは地中に埋めた塩ビのパイプに沿って成長しているはずである。表層の土を除くとパイプの端が手を開いたように広がっている箇所にイモがあり、そこでイモは方向を変え、塩ビパイプに沿ってパイプの中に埋まっている。うまく、イモはパイプに沿って成長しているようだ。
 塩ビパイプは1mくらいの長さであるが、斜めに埋めてあり、5本のパイプが長さ方向に50㎝間隔で上下に重なりをもって配置されている。それを全部、掘り出してみる。
 畑は花崗土が主体であり、長芋にとっては成長しやすい土ではないかと思うが、肥料分が少ないので、イモの成長はあまり期待できない。施肥したが、畝の表面に追肥したのみであり、パイプの中にある土は無肥料である。その為か、長芋はとても短く、15㎝から30㎝程度の長さであった。それでも長芋であり、初めての収穫である。キュウリネットに絡みついた蔓にはたくさんの種らしきものがついている。この種からも種芋ができるのではないかと思う。この長芋でとろろを作り、食べてみたが、販売しているものと比べて遜色ない。ただ大きさが劣るだけである。来季は雑草対策と施肥を工夫したいと思う。やはり、マルチをして、雑草から守ることが重要である。肥料は元肥を全面に混ぜて、その土を塩ビパイプに入れることにする。

2022年12月16日
から Mat Grimm
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花つくりの楽しみ

 野菜栽培の合間に自家用に花の栽培をしている。季節、季節に多種多様な花の咲く庭をつくりたいが、まだまだその途上にある。もうひとつは毎日、習慣としてご飯を炊いた時には「ごはんさん」という最初の炊きあがったご飯を仏壇にお供えをしているが、仏花があれば仏壇が華やかとなる。いつでもなにかしらの自家用の花が咲いていれば、飾ることができる。このようなことで、余り肩に力を入れないで空いた時間で花つくりをしている。もちろん、花の苗を購入して花壇に植えることで比較的簡単に花を楽しめるがやはり、種まきから苗を作り、花にして、種を取ってまた翌年という風に継続的に楽しみたい。
 パンジーやビオラから始めたが、未だに発芽率は低い。理由はいろいろ考えられるが、やはり温度と湿度であろう。適度な湿度に保つには、今では発泡スチロールの箱をつかっている。そこに数個の穴をあけ、水が抜けるようにするが、小さいので保湿することができる。種まき用土として、バーミキュライトが小さな種に対してとくに適しているように思う。1日に1回、水やりをすれば乾燥で発芽しなかったり、発芽しても苗が枯れるということも少ない。大体、5-10日間くらいで発芽するが、中には1,2か月かかるものもある。発芽したら、次はポットに移植か花壇に定植するのであるが、通常3枚葉か4枚葉が出た頃に移植する。種袋にそう書いてある。ポット用の土はいろいろ市販されているが、大体は木材のチップや繊維状のものが多く混ざっていて保湿力が小さく、乾燥しやすいので苗が小さいとすぐ枯れる。そこで田んぼの土をふるいに掛けて、細かい土を選別し、腐葉土と混ぜる。腐葉土は長く枯草や枯葉、野菜くずなどを積み上げておくとその下の地面は腐葉土となって、土が適度に柔らかくて細かく、さらさらとしてくる。これを取り出して混ぜた土は保湿性と透水性を兼ね備えて、かつ適度に養分を含んでいる(と推定している)。移植の時にバーミキュライトの土の中で根が長く伸びていることに気づく。その根を切らないように注意して移植する。パンジーやビオラにしろ、市販されている花の苗はポットで大きく成長し、花が咲いている。しかし、私の過去の経験では発芽して、ポットに移植しても苗が大きく成長することはなく、小さいままか成長することを期待して待っていてもやがて元気がなくなる。どうも根が回って苗が老化してしまう。恐らくポットでは栄養が不足するのかもしれない。
 今年はパンジー、ビオラ、デージー、アスター、キンセンカ、ストックに加え、クリサンセマム、ネモフィラ、デルフィニウム、プリムラ・マラコイデス、トルコギキョウ、おだまきの種を購入して蒔いた。おだまきは発芽までに一か月、トルコギキョウは二か月という。この2つは今年もどうも失敗のようだ。発芽までに湿度を保つ必要があるが、長いので途中で乾燥が入った可能性がある。キンギョソウやキキョウ、釣りがね草は宿年草らしく、昨年の株がまだ残っている。ペチュニアなどは強い花で雑草のように何も世話しなくてもこぼれ種でつないでいるのか毎年どこかで咲いている。花の苗は小さいと雑草と区別がつかないので花壇やポットに名札をさしてある。それでも時々、抜いてしまうから、注意が必要だ。今日は12月16日でもう最高気温が10℃に達しなくなっている。そこで、グリーンハウスの中に入れた。グリーンハウスの最低気温は外と同じだが、その時間が短く、最高気温は太陽が出ると20℃くらいになる。だから、乾燥に注意しないと枯らしてしまう。花つくりはまだまだ実力がなく、とても売られているような立派な苗はできていない。うまく、花が咲くとコツをつかんだと思うが、翌年にはかならずしもうまくいかなかったりする。花の種類もどんどん増えていくので、それぞれ改善や工夫の余地があり、それが尽きない楽しみでもある。

2022年12月3日
から Mat Grimm
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里いもの栽培・地中保存

 里芋の今年の出来はこれまでで最良である。植え付けする際にいわゆる湿地で真夏の日照りであっても、近くの水田から沁みだす水で乾くことがないような場所を選んだ。結果として、大きな葉が茂り、親芋が太り、子芋がたくさん付いて今までにない豊作となった。もちろん、肥料はいつもと同じで5mあたり鶏糞15kgを種芋の直下に埋め込んでいる。結局、黒マルチは使わなかった。除草する際に却って邪魔になる。3月21日に植え付けして、除草は鎌で根元を刈ったり、畝の溝を自走式草刈り機で短くしたりして、何とか草に埋もれないように努力した。2つ畝があり、手入れの少ない畝は草に成長を削がれて草丈も葉も小さい。やはり、除草も生育にとって重要な要素である。
 収穫は産直に出回るようになってから、行っているが10月17日に初めて2株を掘り出している。それから、2週間毎くらいに収穫しているが、親芋を食べたりすると十分に足りてしまうので、子芋は子供たちに送ったりしている。11月も温暖な日が続いていたが、12月3日の今日は最低温度が1℃となり、今年一番の寒さで、朝、見ると一気に里芋の茎葉が萎れてしまった。そこでまだ、半分も掘り出していないが急いで10株程度を掘り出し、来年の種芋用として、そのうち5株を地中保存する。
 里芋は米国に駐在したとき、アジアン・マーケットでほとんど乾燥した里イモを入手して食べていたが貴重な日本の味であった。普通のスーパーで売っているサトイモの仲間らしきイモは種類も多く、そのうちの外観で判断して2,3種類しか試していないが大体、日本風に料理してもらうと同じような味になるのでサトイモの代用となる。それぞれの国ではまた違った風に料理しているのであろうが、キャッサバやヤムイモなど本場の料理を味わってみたいものである。
 来年は連作を避けるため、同じ場所には作れないが、湿地となる所を探してセレベスや海老芋だけでなく、今度は海外のサトイモ類をつくってみたいと思う。

2022年11月30日
から Mat Grimm
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落花生の栽培・収穫

 今年も約30mの畝1本に落花生を栽培しているが、3回に分けて収穫した。1回目11月3日、2回目11月16日そして今日11月30日である。昨年は10月22日から収穫を始めて11月16日に終了しているのでやや遅くなっている。一部、落花生の地上部が枯れて株を引き上げても、茎がちぎれて豆を取り出すことが困難になりそうになったので、急いで掘り出した。昨年は5月10日、今年は5月13日に種まきをしている。今年はうまく発芽しなくて種まきを何度かやり直したため、収穫も遅くなっている。大きくて茹でて食べるとおいしい品種「おおまさり」を増やしている。2条の株間50cmで直に種まきしているが、欠株に備えてポットにも蒔いている。収穫までは除草と土寄せを行うが、どうしても遅れ気味となる。生育もそれに影響される。特に夏は乾いて樹勢が弱くなる。それにも係わらず、落花生はそれなりに良く育ってたくさん獲れた。
 私は長く千葉に住んでいたので、落花生は茹でて食べるのが普通であったが、ここ高松では茹で落花生はあまり知られていない。生の落花生を産直で見かけるのは稀で、余り売れていないようだし、茹でた落花生は販売されているものをみたことがない。千葉ではピーナッツ味噌やピーナッツバターなど加工品も豊富で時々、取り寄せて楽しんでいるが、まだまだこちらではなじみの薄い関東の味なのであろう。茹で落花生を親しい人に分けるとどうも癖になってやめられない味になるらしい。収穫した落花生はすぐ茹でて、そのほとんどは冷凍にしておく。そして、解凍しながら賞味する。

2022年11月23日
から Mat Grimm
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3年ぶりの開催、十河戦国お城祭り

 新型コロナ流行の為、開催が3年ぶりとなった十河戦国お城祭りが11月19日(前夜祭)、20日(本祭り)に開かれた。それでもコロナ感染の第8波が始まっており、イベントの内容が制限されている。楽しみにしていた獅子舞はなく、露店などによる食事の提供も取りやめられた。規模は第1回と比べ、拡大しているように思う。前回にはなかった前夜祭で、戦国時代に鬼十河として恐れられた武将「十河一存」の小説を書いた作家「三日木人」氏の講演会がコミュニティセンターであり、最大90名のところ、その7-8割程度が埋まっていた。講演での情報によると十河(そごう)という地名は古く、古墳時代からあるらしい。そして室町・戦国時代に東讃岐地方を治めていた十河家に子がなくて養子として、阿波(徳島)の三好四兄弟の末弟「一存」が入った。長兄の三好長慶は信長に先立って天下を治めようとした先進的な武将で鉄砲を合戦に初めて使ったのも長慶らしい。また、キリスト教を許容し、海外貿易も盛んにおこなったらしい。その末弟である一存は合戦中、矢で腕を貫かれても塩を刷り込んで、戦い続け、その勇猛なことで有名だった。当時は破傷風などでちょっとした傷でも簡単に死んでいたので、塩を刷り込んで消毒するしかなかったらしい。しかし、戦乱の中でこの鬼十河も30歳くらいで亡くなっている。私はこの十河地区に生まれ育ったが、小学生の頃、その境内で虫取りなどをしていた称念寺が十河城跡であり、見晴らしの良い高台にあり、高知の長曾我部と十河城で一大攻防があったことを知り、地元の歴史の深さに感動をしたものである。
 翌20日には武者行列から本祭りが開始され今回は会場であるJAの広い平坦な台地から出発し、十河城近くの十河家のお墓まで約2㎞程度を行進し、参拝して戻るというコースで秋晴れの中、50名ほどの鎧甲冑姿に加えて、数名の菅笠衣姿の若い女性も参加しており、華やかでほら貝の大きな音に近隣の人も眺めの良い場所に集まってきて楽しんでいた。朝9時から午後3時まで開催され、開催の挨拶には平井卓也衆議院議員や大西高松市長など政治家も駆けつけ、田園都市構想に触れて地域活性化を盛り上げようとしていた。肝心の武者行列は三隊が参加し、十河隊のほか、東かがわの隊や徳島の三好長慶の隊が応援参加している。特に三好隊は数も多く、徳島でも同様のお祭りを開催しており、装備が充実している。十河隊の隊長は実行委員長でこのお城祭りが地元の実行委員による手作りによるものであることを明かした。入場無料の開催のため、広告収入もなさそうで地元企業の名前もなく、音響設備はしっかりしているものの、舞台や控えのテント、駐車場、入場管理などボランティアで行われていることがうかがえるものであった。プログラムは高校書道部による書道パフォーマンス、徳島のダンススタジオによる創作ダンスで午前が終わり、午後は相撲甚句、阿波踊りとよさこい踊り対決、子供鉄砲隊、菓子投げ、ハイライトとして、最後に十河鉄砲隊演武、大筒発射で終えるという内容である。大筒は地元の鉄工所の手製だそうである。午前だけ、参加したが、書道パフォーマンスや創作ダンスも素人ながら、楽しみながらやっており、司会者が観客をうまく寛がせ、好感のもてる内容であった。お祭りであればやはり、露天が楽しみとなるがボトルや缶飲料のみで弁当・駄菓子や植木・野菜などの販売は一切なく、人集めに苦労したであろう。参加者は午前だけしか見ていないが千を超えていないと思う。この祭りがどうなっていくのかはわからないが、地元を愛する人達の手で郷土の歴史を伝えていってほしいと思う。

武者行列;十河城に近い今も細い尾根道を当時の鎧甲冑姿で行列する

2022年11月17日
から Mat Grimm
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玉ねぎの植え付け

まず、前回の玉ねぎの振り返りであるが、乾燥がよかったのか、あるいは玉ねぎが固く締まったためなのか、保存中に腐ったものが少なかった。ブドウ棚下に吊るして保存したのだが、無くなる夏過ぎまで保存できた。600個余りを種から育てて植えたもので、品種は泉州黄玉ねぎ(中生)、「新きぬ和(なごみ)」という中晩生と「絹てまり」という極早生玉ねぎ、そして赤玉ねぎの4品種である。種まき後の湿度管理が悪く、種の発芽率が低くて、苗が不足しそうになったので、昨年は追加で遅れて種まきした。極早生であれば短時間で熟すると思い、極早生を選んだが種まき時期が遅いので定植期にはまだ苗が小さかった。それにも係わらず、最も早く茎がしおれてきた。結果として、小さな玉ねぎとなった。極早生は熟す時期も早いので、その分、早く種まき(定植)すべきであった。赤玉ねぎは前々回も前回も固いものが収穫できた。赤玉ねぎは保存性が優れているが、適した料理がサラダなどの生食以外になく、それほどたくさんの量は必要ない。
 そこで今回の玉ねぎは泉州黄玉ねぎ、超極早生「てまり詩」、中晩生「新きぬ和」の種を用意して、8月19日に苗床用地に透明マルチを張り、9月25日、27日、29日の種まきまで土壌の炎熱消毒を行った。これにより、種まき後の雑草の発芽はなく、玉ねぎの苗が順調に生育できた。また、まだまだ暑い時期なので乾燥を防ぐために種まき後、新聞紙で表土をカバーし、4日間は毎日、水やりを欠かさなかった。その後、新聞紙をとり、日に当てて徒長を防いだ。結果として、極早生4ml、黄玉ねぎ5ml、中晩生4.5mlから、それぞれ、467本、568本、371本の苗を11月7日,9日,14日に定植できた。1mlの種から100本前後の苗が取れている。定植時期は昨年は11月14日であり、同じかやや早いが、極早生は貯蔵用ではないのでもっと早くてもいいかもしれない。玉ねぎの畝は1.5m幅のトラクタで何度も耕耘して、肥料(鶏糞)をチッソ成分で7.5kg/10aをすきこんでいる。2月頃、同量を追肥する予定。昨年は株間15cm、条間15cmの7条植えとしたが、極早生、黄玉ねぎは条間を22.5cmとし、5条植えとした。施肥や除草がやり易くなる。貯蔵用は固く作るため、昨年と同じにした。前回は5月22日に収穫しており、来期には収穫後秋まで消費しながら、貯蔵できることを期待したい。

2022年11月13日
から Mat Grimm
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麦の種まき

 11月になると麦播きの準備に入る。そして、昨年も種まきで苦労したことを思い出した。手で小麦の種を落としながら約4アールを3日かけて蒔いた。今年も同じ労苦を味わいたくないので、手押しの種まき機を探した。どの種まき機もベルトかロールに窪みがあって、そこに種が落ちて、ロールやベルトの回転で、種が繰り出されるので、その窪みのサイズが種に適合しているかが重要となる。また、種の落ちる間隔はタイヤの回転からギアでロールやベルトに伝えるので、ギアとロールやベルトの組み合わせで決まる。ロールやベルトの選択に時間がかかりそうなので結局、手押しの種まき機よりも廉価で失敗しても悔いのないスキップシーダーという点播きの種まき機を中古で入手した。スキップシーダーはロールを使うのは同じであるが、上下運動でロールが90度くらい回転反復するので、これを利用して種を繰り出す。シーダーを地面に下ろすことでまず、穴をあけ、これを引き上げる際にロールが回転して種を繰り出し、その穴に種が注がれる。引きあげられたシーダーを次の種まきの位置まで歩いて、地面に下ろすという操作を繰り返して種をまく。種まきの間隔は自分で決められ、種まきの時間は箇所1秒という。実際、ガチャンという音とともに種が穴に落ちていくので、何粒くらい落ちたかが見える。
 小麦はパンを焼くために作っているが、まだ21年の収穫小麦を全部消化していない。私は朝食にパンを食べ、一斤を5日で消費する。パン一斤には280gの小麦粉を使用するので、1日当たり60g弱、年間で21㎏となる。玄麦から小麦粉になるのは7割程度なので、小麦玄麦は30㎏あれば足りるが、100㎏以上獲れている。そこで今年は作付け面積を1/2に減らす。一方、ライムギパンに興味があり、今年はライムギの種を2袋購入した。ライムギの種まき時期や刈り取り時期も不明であるが、小麦といっしょに作付けする。交雑してはいけないので、少し離れた圃場に分けて、作付けする。ライムギは1袋で3500粒以上とあるので、箇所10粒程度を点播きするとすると350か所となり、株間隔を15㎝とすると植え付けは52mの長さとなる。3条播きにすると17mの畝となり、2袋あるので、2畝くらい植え付ける。小麦(ミナミノカオリ)は1昨年の収穫した小麦を使う。
 午前にライムギを0.9アール蒔き、午後に小麦を1.9アールだけ、蒔いた。肥料はチッソ成分で10アール当たり5㎏を元肥として、2月頃3㎏を追肥する。ミナミノカオリの種が古いので発芽するか注視する。また、麦踏や土寄せを忘れずに行う。乾燥した土壌が向いているので、排水に気を付ける。種まきは11月11日に行った。

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