グリム農園&田舎暮らし

定年退職後の日々の日記です。

2022年12月3日
から Mat Grimm
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里いもの栽培・地中保存

 里芋の今年の出来はこれまでで最良である。植え付けする際にいわゆる湿地で真夏の日照りであっても、近くの水田から沁みだす水で乾くことがないような場所を選んだ。結果として、大きな葉が茂り、親芋が太り、子芋がたくさん付いて今までにない豊作となった。もちろん、肥料はいつもと同じで5mあたり鶏糞15kgを種芋の直下に埋め込んでいる。結局、黒マルチは使わなかった。除草する際に却って邪魔になる。3月21日に植え付けして、除草は鎌で根元を刈ったり、畝の溝を自走式草刈り機で短くしたりして、何とか草に埋もれないように努力した。2つ畝があり、手入れの少ない畝は草に成長を削がれて草丈も葉も小さい。やはり、除草も生育にとって重要な要素である。
 収穫は産直に出回るようになってから、行っているが10月17日に初めて2株を掘り出している。それから、2週間毎くらいに収穫しているが、親芋を食べたりすると十分に足りてしまうので、子芋は子供たちに送ったりしている。11月も温暖な日が続いていたが、12月3日の今日は最低温度が1℃となり、今年一番の寒さで、朝、見ると一気に里芋の茎葉が萎れてしまった。そこでまだ、半分も掘り出していないが急いで10株程度を掘り出し、来年の種芋用として、そのうち5株を地中保存する。
 里芋は米国に駐在したとき、アジアン・マーケットでほとんど乾燥した里イモを入手して食べていたが貴重な日本の味であった。普通のスーパーで売っているサトイモの仲間らしきイモは種類も多く、そのうちの外観で判断して2,3種類しか試していないが大体、日本風に料理してもらうと同じような味になるのでサトイモの代用となる。それぞれの国ではまた違った風に料理しているのであろうが、キャッサバやヤムイモなど本場の料理を味わってみたいものである。
 来年は連作を避けるため、同じ場所には作れないが、湿地となる所を探してセレベスや海老芋だけでなく、今度は海外のサトイモ類をつくってみたいと思う。

2022年11月30日
から Mat Grimm
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落花生の栽培・収穫

 今年も約30mの畝1本に落花生を栽培しているが、3回に分けて収穫した。1回目11月3日、2回目11月16日そして今日11月30日である。昨年は10月22日から収穫を始めて11月16日に終了しているのでやや遅くなっている。一部、落花生の地上部が枯れて株を引き上げても、茎がちぎれて豆を取り出すことが困難になりそうになったので、急いで掘り出した。昨年は5月10日、今年は5月13日に種まきをしている。今年はうまく発芽しなくて種まきを何度かやり直したため、収穫も遅くなっている。大きくて茹でて食べるとおいしい品種「おおまさり」を増やしている。2条の株間50cmで直に種まきしているが、欠株に備えてポットにも蒔いている。収穫までは除草と土寄せを行うが、どうしても遅れ気味となる。生育もそれに影響される。特に夏は乾いて樹勢が弱くなる。それにも係わらず、落花生はそれなりに良く育ってたくさん獲れた。
 私は長く千葉に住んでいたので、落花生は茹でて食べるのが普通であったが、ここ高松では茹で落花生はあまり知られていない。生の落花生を産直で見かけるのは稀で、余り売れていないようだし、茹でた落花生は販売されているものをみたことがない。千葉ではピーナッツ味噌やピーナッツバターなど加工品も豊富で時々、取り寄せて楽しんでいるが、まだまだこちらではなじみの薄い関東の味なのであろう。茹で落花生を親しい人に分けるとどうも癖になってやめられない味になるらしい。収穫した落花生はすぐ茹でて、そのほとんどは冷凍にしておく。そして、解凍しながら賞味する。

2022年11月23日
から Mat Grimm
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3年ぶりの開催、十河戦国お城祭り

 新型コロナ流行の為、開催が3年ぶりとなった十河戦国お城祭りが11月19日(前夜祭)、20日(本祭り)に開かれた。それでもコロナ感染の第8波が始まっており、イベントの内容が制限されている。楽しみにしていた獅子舞はなく、露店などによる食事の提供も取りやめられた。規模は第1回と比べ、拡大しているように思う。前回にはなかった前夜祭で、戦国時代に鬼十河として恐れられた武将「十河一存」の小説を書いた作家「三日木人」氏の講演会がコミュニティセンターであり、最大90名のところ、その7-8割程度が埋まっていた。講演での情報によると十河(そごう)という地名は古く、古墳時代からあるらしい。そして室町・戦国時代に東讃岐地方を治めていた十河家に子がなくて養子として、阿波(徳島)の三好四兄弟の末弟「一存」が入った。長兄の三好長慶は信長に先立って天下を治めようとした先進的な武将で鉄砲を合戦に初めて使ったのも長慶らしい。また、キリスト教を許容し、海外貿易も盛んにおこなったらしい。その末弟である一存は合戦中、矢で腕を貫かれても塩を刷り込んで、戦い続け、その勇猛なことで有名だった。当時は破傷風などでちょっとした傷でも簡単に死んでいたので、塩を刷り込んで消毒するしかなかったらしい。しかし、戦乱の中でこの鬼十河も30歳くらいで亡くなっている。私はこの十河地区に生まれ育ったが、小学生の頃、その境内で虫取りなどをしていた称念寺が十河城跡であり、見晴らしの良い高台にあり、高知の長曾我部と十河城で一大攻防があったことを知り、地元の歴史の深さに感動をしたものである。
 翌20日には武者行列から本祭りが開始され今回は会場であるJAの広い平坦な台地から出発し、十河城近くの十河家のお墓まで約2㎞程度を行進し、参拝して戻るというコースで秋晴れの中、50名ほどの鎧甲冑姿に加えて、数名の菅笠衣姿の若い女性も参加しており、華やかでほら貝の大きな音に近隣の人も眺めの良い場所に集まってきて楽しんでいた。朝9時から午後3時まで開催され、開催の挨拶には平井卓也衆議院議員や大西高松市長など政治家も駆けつけ、田園都市構想に触れて地域活性化を盛り上げようとしていた。肝心の武者行列は三隊が参加し、十河隊のほか、東かがわの隊や徳島の三好長慶の隊が応援参加している。特に三好隊は数も多く、徳島でも同様のお祭りを開催しており、装備が充実している。十河隊の隊長は実行委員長でこのお城祭りが地元の実行委員による手作りによるものであることを明かした。入場無料の開催のため、広告収入もなさそうで地元企業の名前もなく、音響設備はしっかりしているものの、舞台や控えのテント、駐車場、入場管理などボランティアで行われていることがうかがえるものであった。プログラムは高校書道部による書道パフォーマンス、徳島のダンススタジオによる創作ダンスで午前が終わり、午後は相撲甚句、阿波踊りとよさこい踊り対決、子供鉄砲隊、菓子投げ、ハイライトとして、最後に十河鉄砲隊演武、大筒発射で終えるという内容である。大筒は地元の鉄工所の手製だそうである。午前だけ、参加したが、書道パフォーマンスや創作ダンスも素人ながら、楽しみながらやっており、司会者が観客をうまく寛がせ、好感のもてる内容であった。お祭りであればやはり、露天が楽しみとなるがボトルや缶飲料のみで弁当・駄菓子や植木・野菜などの販売は一切なく、人集めに苦労したであろう。参加者は午前だけしか見ていないが千を超えていないと思う。この祭りがどうなっていくのかはわからないが、地元を愛する人達の手で郷土の歴史を伝えていってほしいと思う。

武者行列;十河城に近い今も細い尾根道を当時の鎧甲冑姿で行列する

2022年11月17日
から Mat Grimm
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玉ねぎの植え付け

まず、前回の玉ねぎの振り返りであるが、乾燥がよかったのか、あるいは玉ねぎが固く締まったためなのか、保存中に腐ったものが少なかった。ブドウ棚下に吊るして保存したのだが、無くなる夏過ぎまで保存できた。600個余りを種から育てて植えたもので、品種は泉州黄玉ねぎ(中生)、「新きぬ和(なごみ)」という中晩生と「絹てまり」という極早生玉ねぎ、そして赤玉ねぎの4品種である。種まき後の湿度管理が悪く、種の発芽率が低くて、苗が不足しそうになったので、昨年は追加で遅れて種まきした。極早生であれば短時間で熟すると思い、極早生を選んだが種まき時期が遅いので定植期にはまだ苗が小さかった。それにも係わらず、最も早く茎がしおれてきた。結果として、小さな玉ねぎとなった。極早生は熟す時期も早いので、その分、早く種まき(定植)すべきであった。赤玉ねぎは前々回も前回も固いものが収穫できた。赤玉ねぎは保存性が優れているが、適した料理がサラダなどの生食以外になく、それほどたくさんの量は必要ない。
 そこで今回の玉ねぎは泉州黄玉ねぎ、超極早生「てまり詩」、中晩生「新きぬ和」の種を用意して、8月19日に苗床用地に透明マルチを張り、9月25日、27日、29日の種まきまで土壌の炎熱消毒を行った。これにより、種まき後の雑草の発芽はなく、玉ねぎの苗が順調に生育できた。また、まだまだ暑い時期なので乾燥を防ぐために種まき後、新聞紙で表土をカバーし、4日間は毎日、水やりを欠かさなかった。その後、新聞紙をとり、日に当てて徒長を防いだ。結果として、極早生4ml、黄玉ねぎ5ml、中晩生4.5mlから、それぞれ、467本、568本、371本の苗を11月7日,9日,14日に定植できた。1mlの種から100本前後の苗が取れている。定植時期は昨年は11月14日であり、同じかやや早いが、極早生は貯蔵用ではないのでもっと早くてもいいかもしれない。玉ねぎの畝は1.5m幅のトラクタで何度も耕耘して、肥料(鶏糞)をチッソ成分で7.5kg/10aをすきこんでいる。2月頃、同量を追肥する予定。昨年は株間15cm、条間15cmの7条植えとしたが、極早生、黄玉ねぎは条間を22.5cmとし、5条植えとした。施肥や除草がやり易くなる。貯蔵用は固く作るため、昨年と同じにした。前回は5月22日に収穫しており、来期には収穫後秋まで消費しながら、貯蔵できることを期待したい。

2022年11月13日
から Mat Grimm
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麦の種まき

 11月になると麦播きの準備に入る。そして、昨年も種まきで苦労したことを思い出した。手で小麦の種を落としながら約4アールを3日かけて蒔いた。今年も同じ労苦を味わいたくないので、手押しの種まき機を探した。どの種まき機もベルトかロールに窪みがあって、そこに種が落ちて、ロールやベルトの回転で、種が繰り出されるので、その窪みのサイズが種に適合しているかが重要となる。また、種の落ちる間隔はタイヤの回転からギアでロールやベルトに伝えるので、ギアとロールやベルトの組み合わせで決まる。ロールやベルトの選択に時間がかかりそうなので結局、手押しの種まき機よりも廉価で失敗しても悔いのないスキップシーダーという点播きの種まき機を中古で入手した。スキップシーダーはロールを使うのは同じであるが、上下運動でロールが90度くらい回転反復するので、これを利用して種を繰り出す。シーダーを地面に下ろすことでまず、穴をあけ、これを引き上げる際にロールが回転して種を繰り出し、その穴に種が注がれる。引きあげられたシーダーを次の種まきの位置まで歩いて、地面に下ろすという操作を繰り返して種をまく。種まきの間隔は自分で決められ、種まきの時間は箇所1秒という。実際、ガチャンという音とともに種が穴に落ちていくので、何粒くらい落ちたかが見える。
 小麦はパンを焼くために作っているが、まだ21年の収穫小麦を全部消化していない。私は朝食にパンを食べ、一斤を5日で消費する。パン一斤には280gの小麦粉を使用するので、1日当たり60g弱、年間で21㎏となる。玄麦から小麦粉になるのは7割程度なので、小麦玄麦は30㎏あれば足りるが、100㎏以上獲れている。そこで今年は作付け面積を1/2に減らす。一方、ライムギパンに興味があり、今年はライムギの種を2袋購入した。ライムギの種まき時期や刈り取り時期も不明であるが、小麦といっしょに作付けする。交雑してはいけないので、少し離れた圃場に分けて、作付けする。ライムギは1袋で3500粒以上とあるので、箇所10粒程度を点播きするとすると350か所となり、株間隔を15㎝とすると植え付けは52mの長さとなる。3条播きにすると17mの畝となり、2袋あるので、2畝くらい植え付ける。小麦(ミナミノカオリ)は1昨年の収穫した小麦を使う。
 午前にライムギを0.9アール蒔き、午後に小麦を1.9アールだけ、蒔いた。肥料はチッソ成分で10アール当たり5㎏を元肥として、2月頃3㎏を追肥する。ミナミノカオリの種が古いので発芽するか注視する。また、麦踏や土寄せを忘れずに行う。乾燥した土壌が向いているので、排水に気を付ける。種まきは11月11日に行った。

2022年11月1日
から Mat Grimm
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4年目のさつまいも栽培

 「さつまいも」を作り始めて4年目となるが、さつまいもは比較的簡単でイモ蔓を植え付けておけば、収穫まで何もすることはない。肥料もやらなくてもいいし、病気や害虫にも強い。よく耕して黒マルチをかぶせておけばよい。黒マルチの効果は絶大で単に雑草の抑制だけでなく、土が雨で固くしまるのを防いでくれる。収穫時に黒マルチを除去して掘り返すときに驚くほど土がサクサクとしていて、土の初期状態が保持されている。
 戦後の食糧難や江戸時代の飢饉時の生命維持に役立ったらしいが、その通りだと思う。今年は土佐紅金時、安納芋、鳴門金時、シルクスイートの4品種を植え付けた。土佐紅金時はどのような環境条件下でも太く成長し、期待を裏切らない。昨年は紅はるかを野菜用に施肥した畝に植付たところ、葉が茂ったものの、イモが成長せず、枝分かれした太い根だけが取れた。いわゆる、つるボケというらしい。さつまいも栽培に肥料は不要である。昨年、シルクスイートを近所のYさんからいただき、その焼き芋のおいしさに驚いた。ねっとり系のイモで安納芋のように焼き芋にすると黄色味が増して濃厚な甘みがでる。シルクスイートのイモ蔓価格は土佐紅金時に比べると1.7倍であり、20本を購入して4月21日に植え付けた。そして、6月17日にその株から伸びた蔓を切り取り、19本を他の畑に植えた。うまくやれば3回くらい取れるらしいが今年は1回だけ、切り取って約2倍に増やした。安納芋の蔓は同じ期間でそれほど茂っていないので、蔓を取れなかった。
 実は昨年の収穫イモを4月4日に埋めて発芽育苗を試みたのだが、残念ながら、全く発芽しなかった。48℃で40分間、お湯で種芋を消毒してから、植え付けたが、温湯消毒なのか、昨年の種芋の保存がよくなかったのか原因は不明である。2021年に初めてイモからの蔓苗とりを始めた。4月18日に種イモを埋めて、いくつかは発芽してイモが取れたので、それほど難しくないと思っていた。この種芋は一般に食用として売られている鳴門金時イモを温湯消毒して埋めておいたものである。蔓苗を4月下旬に植え付けるには少なくとも育苗に2か月をみると2月下旬に種芋を埋めることになる。イモの保存環境を工夫して来年はイモからの蔓とりに注力したい。さつまいもは10℃以下で痛んでしまうので冬季の保存が課題である。収穫は9月中からできるが十分に生育する10月からおこなっている。またシルクスイートなどのねっとり系のイモは収穫後1-2か月保存したほうが甘味が強くなる。

2022年10月22日
から Mat Grimm
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2022年のイネの出来

 今年のコメ作りは意図していなかったが、大幅に作り方が変わってしまった。従来の大苗を作って手植えしていたが、苗代での苗作りに失敗し、少しだけ作るつもりであった箱苗にほとんどを頼ることになった。苗代では5週間の35日苗であるが、箱苗は二十日苗ともいうように3週間で作るので、箱苗の開始までに2週間の余裕があるので、苗作りをやり直すには都合がよいのである。苗代ではこれまで、数日で発芽するが1週間経っても、10日経っても発芽がほとんど見られなかった。そこで急いで箱苗を追加することにした。そして、箱苗でも手植え可能ではあるが、手植えではなく、初めて機械植えをすることにした。手持ちの機械では最小でも坪当たり50株であり、従来の36株から39%増しの密植となる。そして、従来、1本か2本の苗を1株としていたが、機械植えでは調整可能であるが、2,3株から数株となる。
 このように、作り方が大幅に変わったが、苗代では田植え時期の5週間後にはさすが、2-3週程度の苗には育っていたので、足りない箇所には苗代の小苗を手植えした。品種は従来のニコマルに加え、モチのミヤタマモチとうるち米である「ヒノヒカリ」の3種類である。ミヤタマモチ、ヒノヒカリは種もみをそれぞれ1kgだけ購入していた。ニコマルは苗代に播いた種もみの残りがあったので、それを箱苗としたが不足するので、苗代の小苗の手植えで補う。
 苗の成長はニコマルの出穂が1日早くなったが、ヒノヒカリ、ミヤタマモチは作るのが初めてなので比較のしようがない。ニコマルの機械植えと手植えの成長に大きな差はなく、出穂の頃には外観上、ほとんど差が見られなかった。ヒノヒカリ、ニコマルは圃場No.5(5a)とNo.4(7a)に植え、ミヤタマモチは米は初めてのNo.2(4-5a)に植えたが、No.2では田植え後の初期に田表が乾いたことがあり、草がびっしりと発芽したため、その後、何回か、コロガシや手で除草を行ったが、ヒエがイネカリまで残った。No.2の圃場は前作が小麦であり、No.4,5と異なり、緑肥のキカラシを作っていない。草が多かったのもアブラナ科の緑肥を漉き込まなかった為かもしれない。
 肝心の取れ高であるが、No.5の圃場でヒノヒカリが30㎏6袋と9㎏(昨年はコシヒカリ30kg6袋と15㎏)であり、品種が異なるもののほぼ同じである。No.4の圃場ではニコマル30kg11袋と8kg(昨年はニコマル30kg12袋と27㎏およびクレナイモチ58㎏)であり、取れ高はやや減っている。これは湿田でのイネカリを容易にするために何も植えない畦際を広くとったことで実質的な田植え面積が減ったことも寄与しているだろう。また、手刈りしたイネの束の感触ではイネの分けつ数が少ないような印象を持った。しかし、これは定量的ではないので、なんとも言えない。圃場No.2では初めてだが、ミヤタマモチが30㎏7袋と20㎏であり、予想より多い。No.2の圃場はNo.5よりも狭いと思っていたが、取れ高は多い。
 食味はヒノヒカリを精米して食べてみたが、新米独得のつやのあるコメでおいしい。古米となったニコマルよりもおいしいのは当然か。まだ、今年のニコマルとは比較していない。機械植えと手植えの違いはどうか、ニコマルで比較したい。

2022年10月18日
から Mat Grimm
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湿田のイネカリ

 11日にイネカリを予定していた。10月7日に29mm、9日に7.5mm、10日に11mmの雨が降り、田の乾きを心配していたが、11日の朝、歩いて見て部分的にはぬかるんでいるがこれまでの経験を踏まえ、稲刈りを強行する。ぬかるんでいる箇所は東西の両端と北側の畦際にあり、十分に広いスペースを手刈りで作っておけば何回も同じ場所で回行したり、前後進したりすることもなく、コンバインが泥に埋まることもないだろうと判断した。
 前日の10日夕方には東西両端、北側畦際にはまだ水たまりがあり、コンバイン取説の湿田の作業限界である長靴の沈み込み6㎝に相当していた。そこで北側畦際の排水をするために畦に沿って、溝を掘り、畔波板の継ぎ目で波板を取り外し、畦を切って溝の水を排水できるようにした。これで少しは水溜りを解消できるかもしれない。11日の朝、8時頃には10日に比べると濡れているものの水溜りはなくなっている。コンバインがうまく回行できるように広いスペースを作ればイネカリできることを確信した。手刈りでイネを刈って、畦に置く。西端の枕地は2.5mのスペースを確保した。東端の枕地は3m弱である。しかし、刈り始めてみると、これでは不足で4~4.5m位必要である。
 この圃場は四辺形というよりも北側の一辺が少し突き出した五角形をしている。東西の端と南側の畦際には十分のスペースを設けて田植えをしている。畦に沿って排水用の溝を掘ることができるし、その溝に水が溜まっていても、その横をコンバインのクローラが沈み込まないだけの距離を取ってある。五角形に対しては大きな四角形と三角形に分断するように中を割ってコンバインで刈っていく。そして四角形をまず、外周から刈り取り、次に三角形を乾いた辺から刈っていく。約二時間で7aを刈り終えた。90度だけ方向を変える時、何回も前後進するとクローラで土が深く掘られてしまう。終わった後にクローラの泥を洗浄しようとして、見るとクローラの転輪やフレーム、駆動輪の間が泥や藁等で埋まっており、回転に対して相当な抵抗が発生している模様。断言はできないが、無理に駆動させるとどこか弱い箇所が壊れる状況だったのではないか。排水を考慮して、畦際から0.8~1.5mの空スペースを設けていたが、湿田に対しては4m~5m幅の方向転換用スペースが必要であることが判った。

2022年10月7日
から Mat Grimm
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今年のイネ刈り日

 10月4 日は最高温度31℃を超える夏日であったが、5日は朝早くから30㎜近くの雨が降り、最高気温も7度も下り、季節が一気に秋に向かって進んでいる。4日に稲刈りをするべきだったと後悔している。今週はこの先2,3日毎に雨が降る予報で田の乾きを期待できそうもない。
 稲刈りの時期は心が落ち着かない。私の場合、収穫した籾をその日に乾燥・籾摺りに外注に出すので、急な変更が難しい。昨年はニコマルを6月19,20日に田植えし、8月28日頃に出穂を確認、10月15日に稲刈りをおこなった。今年は田植え6月19、20日、出穂確認8月27日、稲刈りは10月12日頃を予定している。ニコマルの稲刈り適期は出穂後の積算気温950-1150度の時期と言われており、昨年は積算温度1223度で稲刈りをしており、同じ温度に達するのは今年の場合、10月12日頃となる。通常は全体の4,5割が穂を出した日を出穂というが、私の場合、少しでも穂が出た日を出穂と記録しているため、2,3日は早いかもしれない。稲刈りを適期より早くやりすぎると収量が減ってしまい、遅すぎると味が落ちたり、茶色化するらしい。グラフでは令和4年10月6日以降の気温データは令和3年のデータを使っている。今年は昨年に比べると1日だけ出穂が早い。積算温度から計算すると収穫適期は9月30日から10月8日となるが、出穂日が2,3日遅いので10月3日から10月11日ころとなる。いずれにしても、もう適期と言える。ニコマルの他にヒノヒカリとミヤタマモチを作っており、ヒノヒカリの場合、出穂は8月24日で積算気温が900-1050度と100度程度少ないので、収穫適期は10月7日頃となる。また、ミヤタマモチは適期の積算温度の情報がなく、登熟期として10月7日頃とある。天候予報を見ながらヤキモキする毎日である。(10月7日雨後に)

収穫適期を出穂後積算温度で予測

2022年9月30日
から Mat Grimm
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ダイコン栽培

 ダイコンの栽培方法もほぼ固まりつつある。ダイコンは移植ができないので、露地に種を播いて、発芽したものから、間引いて1本に選別する。秋冬ダイコンは株間50㎝で2条としている。20m長の畝を充て、80本のダイコンを育てる。ダイコンの畝を決めると、堆肥やもみ殻を漉き込んでふかふかの土にする。ダイコンの肌が荒れたり、又根にならないように細かく耕耘する。そして黒マルチで被覆する。
 今年は8月6日にもみ殻燻炭を散布してトラクタで耕耘し、8月24日、9月9日にもトラクタで細かく耕耘している。そして、9月11日に鶏糞を溝施肥して、黒マルチを被覆し、種まき、防虫ネットでトンネルを作る。
 1か所に1粒か、2粒を播いており、発芽した箇所は80ケの内、44ケである。2回目の種まきを9月26日に行う。20か所は前回と同じタキイの「耐病総太り」、16か所はナント種苗の赤ダイコン「モミジ・スティック」を播いた。ダイコンは2-3日で発芽するので、ダメであれば、何回も種まきできる。
 肥料は窒素成分で反当たり30㎏と大量に2条の中央に溝施肥する。赤ダイコンはサイズが小さいので産直では安くしないと余り売れないがモミジスティックは酢漬けにしたり、サラダにしてもおいしい。今年は他にわさびダイコンも作る予定。防虫ネットは幅1.8mの広いタイプ(10m長)を2つ購入して、細い針金で網目を重ねて接続して、20mの畝に利用している。幅広でないと条間をある程度とるとダイコンが成長したときにネットを押し上げてしまう。
 防虫ネットがあっても、ダイコンの葉が虫食いになっている箇所がある。注意深く、葉を見たりしてイモムシが付いていたら、捕殺する。突然、ばっさりと茎が切られていることがある。根切り虫が隠れているので周辺を指で土をせせると大抵、出てくるから、捕殺する。3-4日毎にストチュウを散布すべきだが、間隔が空いてしまう。アブラムシが出たら、葉つきダイコンは売れない。
 ダイコンは土に埋めておけば長期に保存ができる。年末に埋めたものを3月10日に掘りだして食べている。春大根は寒さに会うとすぐトウ立ちする。2月23日に種を播いたが結局、ほとんどトウ立ちして、大きく成長する前に花が咲こうとして固くなり、食べられたものではない。春大根はもっと研究の余地がある。

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