グリム農園&田舎暮らし

定年退職後の日々の日記です。

2021年1月2日
から Mat Grimm
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長ネギの収穫

昨年、2月25日に種を播き、夏以降は成長に応じて土寄せを繰り返していたが、冬が来て鍋の季節になるとそろそろ長ネギを収穫したくなる。12月18日に1本、試し掘りしたがそれなりに太くなっていて早速、キムチ鍋をつくり、食べてみた。十分にネギとして苦味と甘みが味に寄与している。そのうち、産直にも長ネギを見かけるようになった。長ネギをつくっている近所の知人によれば今年は雨が少なく伸びなかったが水をやるとぐんぐんとこの時期でも成長したという。白い部分の長さはそれほど長くないし、最近雨が降っていたので、12月28日に最後の土寄せを行った。土を高く盛り上げるので土が多量に必要となる。簡単に増量するため、もみ殻を混ぜて嵩ましをおこなう。まだまだ、長ネギの季節はつづく。冬の間、楽しめる。

2020年12月29日
から Mat Grimm
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大寒、大雪対策

2020年12月30日から元日にかけて数年に一度の寒波が日本列島を覆い、各地で大雪となる見込みである。我が地域でも平地で10-20cm、山間地で30-40㎝の大雪となる予報である。そこでまだ畑に植えたままのダイコン、白菜、大豆の対策をとることにした。ダイコンは20本ほどを抜いて、地面に穴を掘り、埋めることで貯蔵することにした。昨年、地中貯蔵でダイコンはほとんど傷まずに貯蔵できたので、同じやり方を踏襲する。ハクサイは霜対策として、外葉を芯に被せて、回りをぐるぐると紐でしばると耐寒性が向上するらしい。そこで麻紐で外葉で包装するようにしばった。大豆はもっと早く収穫するべきであった。さやがはじけて大豆が飛び出してしまったものが多く見受けられる。急いで引き抜き、コンテナに入れてとりあえず、ハウス内に取り込んだ。大豆は実の充実をさせようと収穫を遅らせていたが、いつの間にかその時期を過ぎていた。反省点である。

2020年12月29日
から Mat Grimm
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地神さんの来歴

生まれ育った集落にある天満神社に地神さんと呼ぶ石塔があり、これまで春・秋に集落の農家が中心となって祭祀を行ってきた。天満神社は菅原道真を祀る本殿があり、地神さんは別の土地にあったものを移してきた経緯がある。天神さんは集落の全戸で祭祀を行ってきたが地神さんはその中の農家のグループが担ってきた。だが農家の数も減り、高齢化で運用がより難しくなってきた。そこで天神さんと地神さんをまとめて一本化し、集落全戸で当番制で運用することを改善案として私を含むシニアグループから提言している。そこで地神さんはどのような神様なのか、集落の非農家が祭祀を行う意味があるのかについて調べておくことにした。             
祭祀の詔をお願いしている鰹宇神社の宮司に地神さんについて、来歴を伺うと発祥は徳島で蜂須賀家に起源しているという。そして、五穀豊穣を祈願するもので、いわゆる地鎮祭を行う神様とはことなるという。ネットで調べるといろいろ載っているということを教えられた。確かに調べてみると地神塔は阿波の蜂須賀治昭の寛政元年の改革(1789年)で定めた地神祭執行に沿ったもの(参考文献)であり、これが阿波から讃岐へと波及したものと考えられる。この改革は背景として古来からの地域の自然信仰を統一して祭禮日を休むことで農民に休日を明確にし、祭礼を通して集落の結束を固め、生産性をあげるためらしい。しかし、阿波藩から隣の讃岐にも広まっていることから、石塔の造立が何か農民にとって信仰様式として強く訴えるものがあり、ブームとなって広まったのかもしれない。
地神さんは政策的に地神塔を作り、祭礼のルールを決めた経緯はあるが、ベースとして、その土地の神様、農の神様であり、産神として、その土地に生まれた人を一生見守りつづけるという信仰が基礎としてある。そうであれば、非農家であってもこの土地で生まれ、この土地に住む人であれば信仰対象とすることに何ら支障はない。天神さんが菅原道真を祀り、学問の神様として信仰するのと矛盾もない。

参考文献:平成28年1月 坪内 強【蜂須賀治昭の寛政改革と地神祭の特質】

2020年12月27日
から Mat Grimm
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ソバの脱穀と調整

ソバを11月17,18日に刈り取りし、庭に立て掛けて乾していたが、23日にグリーンハウス内に入れ、屋内で乾燥させていた。脱穀方法として、稲・小麦のコンバインの脱穀機能を使おうと考えていたがいろいろ調べると実のサイズが稲や小麦と比べて大きいので網の目に詰まってしまうことが判り、そのままではコンバインの米麦適用に支障を来す可能性もあり、諦めた。次の方法は足ふみ脱穀機を使うことであるが近隣の知人に聞いても持っている人は見つからない。結局、ソバの束を叩いて脱穀することを試みた。専用の叩く器具を使ってもそれほどうまく脱穀できない。ソバの品種が実離れしにくい品種であり、乾燥期間を長くしても自然に落下するということはない。だから、放置して実の収率が低下することはないが逆に言えば、脱穀しにくい品種でもある。そこで次に軽トラのタイヤでソバの束を上から何度か往復して分離するという方法を試した。これはそれなりに脱穀できた。しかし、ブルーシートでソバの束を覆い、その上から処理したのであるが、砂などが脱穀したソバに混じる可能性があった。食べ物であり、小さい砂粒が混じるとソバと分別することは難しい。すべての工程を異物が混入しないように注意して取り扱うべきというアドバイスを知人から受けた。最終的には手でしごいて脱穀することにした。石や金属などを安全に取り扱うための皮手袋を持っていたのでそれを装着して、しごいて脱穀した。ソバの束は110束くらいあったが15束くらいづつ脱穀し、1週間くらいで終えた。

脱穀したソバは茎や葉片と実が混じっており、これを風で分別する。電動の唐箕を借りて選別してみた(12月26日)。軽いものは遠くに飛ばされ、重いものが近くに落ちるのでこれを受けることで選別する。太い枝は重いので実と混じって近くに落ちる。2回くらい唐箕に通して風選し、第一段階の選別ソバを得る。次に目のサイズの大きいフルイでソバの実を通過させ、枝などの大きなものを取りのぞいて第2段階の選別ソバを得る。さらに次に砂粒などの小さくて重いものはソバが通過しない大きさの目のフルイで通過させ、除去する。こうして、ほとんどソバの実だけからなる第3段階の玄蕎麦を得る。収穫された玄蕎麦は21.4㎏程度であった。これを製粉すればソバ粉となるはずである。

2020年12月24日
から Mat Grimm
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環境農家

ここ一週間は年賀状の作成や小旅行などで忙しく、農事も休止していた。年賀状の宛先に応じて、コメントを書いていくのであるが最初は来年のやりたいことを思い浮かべてつづる。次第に自分のやりたいことは何かと自問自答しながら、コメントを書いていく。それが100枚近くなると、やりたいことが収斂し、明確になってくる。コメントも定まってくる。年賀状の効用としてはこのような漠然としたイメージを言葉で明確にする効果がありそうである。
「環境農家」は写真家の今森光彦氏がTVで話していた造語である。収穫を目標とするのではなく、環境保全を主眼においた農家だそうだ。私の目指す方向も同じではないかと考えている。親から譲り受けた田んぼを耕していて、子供の頃、しじみやタニシ、メダカ、ハヤなど小魚類がいっぱいいた小川はコンクリートで整備され、水路として安定して機能しているが生物はほとんどいなくなっている。水路には水草がそよぎ、植物で浄化された水でなく、淀んでコンクリートで熱せられた水である。今更、コンクリート水路を元にもどせないがまだ昔の土の水路が一部残っており、これを保全することは可能である。農薬を使わないで米や野菜を栽培する。化成肥料は直接的な影響はないと思うが微生物にとって自然界にない環境となるのでよく考えて使用する。
 減農薬を提唱した宇野豊氏が書いている「農本主義のすすめ」という本を読んた。資本主義が登場して「農」を中心とした社会が経済価値を最大化にする社会に向けて変貌する中で土地利用の考え方が変わり、効率や生産性を重視して、そこに住む生物や循環システムなどは無視された結果、地域や里山は開発され、あるいは放置され、多くの生物が環境を奪われ絶滅寸前となっている。私の子供の頃から、現在までの時代を振り返ってみると、この人間経済優先の歴史であり、私も疑問も持たず、経済発展に寄与すべく田舎から都会に移り、サラリーマン生活を謳歌してきたのである。そして気がついてみると生物環境保全や豊かな自然が犠牲になっている。欧州ではそれでも環境保護の考え方が共有され、自然資産として保護したり、生物にやさしい有機農業が盛んである。「サピエンス全史」を著したイスラエルの哲学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏が指摘する人類の未来をTVで聞いたが人類は科学技術が加速度的に発展する時代に来ており、AIや遺伝子操作などの生命技術を使って、そう遠くない将来に人類が自らを高度化して神にちかづくという。一方で人類は選択を間違う可能性もあるという。資本主義を乗り越え、地球を維持可能とする主義が取って代わらないと地球上に人類だけが繁栄することは難しいのではないかと思う。
 退職したシニアに何ができるのかと思うが、この方向で試行錯誤してみたいと考えています。実は虫や魚と同様に野鳥も好きで法律で禁止されていなければ、子供の頃のように「メジロ」などを飼って鳴き声を楽しみたいのである。生物の観察、水の調査などやることはたくさんある。自然に優しい環境農家を目指していきたいと思います。

2020年12月16日
から Mat Grimm
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トマトの収穫

今日は12月16日で今年一番の寒気がやってきた。気象庁のデータでは今朝の近郊の最低温度はマイナスとなっている。外気温の最高温度は10度以下であるがグリーンハウス内は日照があるためか、それでも30度を超える。夜には冷えて外気温とそれほど違わない。グリーンハウスに5株ほどトマトを植えてあり、そのトマトを収穫した。今年は1本立ちとなるように脇芽を欠いて主幹のみとなるように整枝していた。それでも気がつくと脇芽から枝が伸び、花を付け、実がついており、どれが主幹なのかわからないほどに多く枝が付いている。8月4日に再度、脇枝をすべて切り落として一本たちに整枝していた。そのためしばらくは花も実もつかなかったが10月には新たな花が付き、実を充実させて収穫できるかあるいは寒さにあたり、成長を止めてしまう可能性もあり、トマトの樹を処分するか迷ったがそのまま様子を見ることにした。そして12月に入って、赤くなった小玉トマトを収穫できるようになった。そして、今日は大玉トマトを収穫した。ラジオでトマトの生産者がトマトは夏が旬の野菜と思われているが実は今頃から冬に向けてまだまだおいしくなると言うのを聞いて認識を新たにした。ナスと同様に夏に疲れて一度、休み、秋からまだ実をつけるのではないかと思う。来年は夏よりもむしろ、秋の収穫に向けて整枝・施肥を行いたいと思う。

2020年12月14日
から Mat Grimm
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麦踏み

11月18-20日に小麦(ミナミノカオリ)を播種して一週間程度で発芽していたが、頼りない発芽小麦の麦踏みをいつにするか迷っていた。麦踏みは2月末の茎立ちまでにその回数は多いほど良いという。分けつが促進されるらしい。年内に3回以上と記されているので、1回目は17日後の12月6日に行った。15㎝株間の点播きにしてあるので、その発芽の集まりの上を一歩一歩踏みしめて歩く。左右の足それぞれ条に沿って歩く。6条播きの幅3m、長さ30m程の畝が3つだけなので、時間は15分程度で終わる。2回目は12月13日に行った。2回目の麦踏みでは1回目よりも麦が濃くなっているように見えた。土寄せも効果があるらしい。年内に一度行う予定。
 今年はコンバインでの刈り取りを行うため、畝は低くしている。だから、排水が十分できるように配慮しなければと思う。暗渠を設けることが良いのだが、低地なので、暗渠の排水口の位置が低くなり、ポンプでくみ上げることになる。これは現実的でない。だから、コンバインの作業領域の外側の周囲に溝を設けて、排水することにする。だから、田の境界付近に排水路を設け、その内側にコンバインで方向転換や作業できるスペースを取り、さらにその内側に小麦の畝を設けた。田の利用効率は低くなる。

2020年12月6日
から Mat Grimm
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サトイモの収穫

余り良い出来ではないが、これまでのサトイモ栽培ではもっともよい出来である。その理由は夏に雑草に負けて生育が良くなかったが、後半には雑草の勢いが弱まり除草を行ったので少し盛り返したかもしれないからである。種イモを今年は谷の湿潤な畝に植えたので水分は十分な環境となった。しかし、それでも夏には乾いて、その時には水路から、放流水を引いて与えることができた。気のつくのが遅かったので、水を畝の溝に引いたのは後半だけである。やはり、夏、雑草が旺盛な時期には雑草を除去することは難しい。マルチを部分的に施したが、遮蔽できていない。今後の課題である。
 昨日、今日(12月6日)と朝に霜が降りたようで、軽トラックのフロントガラスが凍り付いていたので、サトイモを掘り出すことにした。できるだけ、収穫を遅らせ、成長させたかったが、霜が降りると腐りだすので限界である。子芋は多くはないが、大きな葉がついた株は親芋も大きく子芋が付いている。芋には太い根がたくさんついていて、掘り出した芋は丸いはずであるが、根の塊にしか見えない。掘り出した芋を一輪車に載せ、川で泥を落として茎を切り落とした。
 今は妻が留守なので、サトイモを自分で料理することにした。初サトイモ料理である。ネットで調べたら、味付けはカボチャとほとんど同じである。サトイモは前処理が必要で皮を剥いて、塩水で洗い、ぬめりをとり、3分程度一度煮て、水を切ってから、再度、醤油、砂糖、みりん、だしの素を入れて、沸騰させたのち、弱火で15分程度煮る。味は最初にしては合格と思う。保存方法が難しそうだが、一冬くらいの間は時々、サトイモ料理を楽しみたい。

2020年11月30日
から Mat Grimm
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懐かしい田舎手料理を楽しむ

娘の出産で妻がしばらく家を空けることになり、自炊生活に入った。単身赴任の経験から自炊は初めてではない。自分一人なので食べたいものを少し作れば足りる。子どもの頃に食べた懐かしいメニューを作ることにする。ひとつはワケギの酢味噌和えである。郷里に戻り、この料理を思い出して、作ろうとワケギを植えてあり、妻にこれまでも何度かリクエストして食べている。しかし、妻の味付けでは酢っぱさが足りない。早速、菜園に手に一束、根元から切り取って軽く洗い、ざっくり切って茹でる。酢味噌は砂糖、白みそ、酢、からしを混ぜて作るのだが、まさにさじ加減で酸っぱさを決める。これに油揚げを切ったものを加えて、全体を酢味噌で和えればできる。本当に簡単で懐かしい味となる。もうひとつは「マンバのたいたん」である。正式にはどういう呼称なのか知らないが、子供の頃にはしょっちゅう食卓に出て、その頃はそれほど好きでもなかったが、今頃は食べたくなる。関東では「マンバ」はお目にかかったことがない。「マンバ」は地元の呼称で、一般には「高菜」である。マンバはアクが強く、一度茹でたものを使う。京都料理で「お葉のタイタン」という料理があることをテレビで知ったがタイタンというのは「炊いたもの」という意味だと思う。ワケギといっしょにマンバの葉を10枚ほど切り取って、同様に洗ってざっくり切って茹でた。妻に後で聞くと茹でたマンバを冷水で洗うらしいが私は茹でたものを取り出してそれを手で絞って、水に出汁を入れて沸騰した鍋に入れ、煮立つと油揚げと卵を入れて薄口醤油で味を調えて出来上がりである。ついでに味噌汁を作ったがこれは普通である。豆腐以外にはカブの茎と根、サツマイモを入れてある。サツマイモ、カブが入ると味が優しくなる。ご飯は自作の「にこまる」である。野菜はほとんど自給できる。カブもダイコン、ハクサイ、レタス、ニンジン、ワケギ、キャベツ、ブロッコリー、玉ねぎ、サツマイモ、サトイモなど。もし、養鶏をすれば卵を自給できるので自給率はさらに上がる。味噌用の大豆も作っている。いずれ、試してみたい。ある日の夕食はワケギの酢味噌和え、マンバのタイタン、ごはん、味噌汁である。質素だが贅沢な時間を過ごしている。

2020年11月23日
から Mat Grimm
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梨の植え付け

今年、梅の苗木を植えたが、個人的には梨の樹に興味があり、思い切って梨の苗木を購入した。ほしい果樹はいろいろあるが場所と手間には限りがあるので優先順位を考えて少しづつ植えている。最近、近所でバナナの樹を庭に植えて実を収穫していることをニュースで知り、興味を持ったが、苗木は相当に高価であった。いつもの農業資材店でこの時期に並んでいる果樹の苗木から、「豊水」と「新高」という品種を選んで購入し、畑の柿の木の隣に植え付けた。梨も柿と同様に受粉樹が必要で、この2種類の品種を選んだ。「幸水」の苗木は売り切れていた。この店の果樹の植え付けのポイントを印刷したものをもらい、それにしたがって、植え付けた。50㎝~80㎝の直径、深さは苗木のポットの2倍以上の深さの植穴を掘り、鶏糞、油粕などの肥料を最下層に入れ、根と接触しないようにその上に腐葉土を入れ、その上に苗木を置いて、周辺よりも地面が高くなるように浅植えするとある。畑の土は砂地だが30㎝くらい掘ると粘土層になる。腐葉土として、畑の西側にある側溝に長い間に溜まった堆積物を使うことにする。堆積物は草刈りしたときの枯草や雨で流れて溜まったゴミである。スコップですくって袋に入れて運んだ。植物の堆肥化した黒土のようである。これを肥料の上に十分の厚さに敷き、その上に苗木を置いて、その周囲も腐葉土で盛り土を行った。

水を近くの水路からバケツに入れて運び、植えた梨の苗木に潅水した。天候は下り坂で雨模様である。果実を取れるようになるには4年後くらいになる。昨年植えた柿の木はほとんど成長していない。畑は夏の間、雑草が高く生い茂り、柿の木は雑草に光を奪われ、成長できなかったのであろう。やはり、放任では成長しない。当たり前であるが頻繁に見守りし、世話することが重要である。二週間に一度は様子を見にきて、事態が大きくならないうちに回復することが必要であろう。

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